「それで犯人の動機みたいなことはどう書いてあったんだい」と平敷は姪に聞いた。
麻耶は思い出そうと努力しているように視線を天井に向けて泳がせていたが「さあよく覚えていないな。あまり印象が残っていないわね。そもそもストーリーそのものの印象も鮮明じゃないんだ。犯人はたしか母子家庭で母親とトラブルが絶えなくて、本人はゲーム・マニアというかインターネットばかりしているというようなことだったかな。あまり記憶に自信がないけど」
彼女は二本目の煙草を口にするとにがそうに唇をゆがめたが、「たしかねえ、宣伝文句がキング初めてのミステリーとかいうのよ。覚えているのは犯人のことより、それを追い詰めていくというか特定していく退職刑事の描写のほうね」
「つまり二本立てで行くわけですか」とTは麻耶の顔をみた。「おたくのような犯人のストーリーと退職刑事の捜査とか二本立てで進行していくのかな」
「そうそう、そのとおりよ。あなたも読んだんですか」
「いやお話を聞くと大体そういう段取りで書いていると見当がつく」
「だんだん思い出してきたわ。もっとも思い出したのが他の小説だったりして。ごっちゃになっているか自信がないけど。犯人は確か二回犯行を行っているのよね」と言うとなんとか思い出そうとするように煙草を挟んだ指で額をこすった。「最初にやはりどこかの会場で行列している人たちのなかにメルセデスで突っ込んで逃げおおせたのね。そうだわ、何かの就職説明会場だったかな。不況で失業者がどこかの就職説明会に殺到したとかいう話だったかな」と彼女は自分の記憶にまだ自信がなさそうにいった。「そして犯人はインターネットで挑戦状を出すのよね。またやるとか。犯人の挑戦的な予告が退職してヤキのまわりかけていた老刑事の使命感を燃え立たせるとか、そこをキングは決めようとしたのかな、と思ったわ」
「じゃあ、犯人側の動機はくわしく書いていないんだな」
「さあ、記憶が薄いところをみるとたとえ書いてあっても印象的ではなかったということでしょう」
それを聞いて平敷はあまり参考にはならないようだな、とTを見た。
「そうだな。犯人の行動そのものは日本の秋原事件をコピーしたのだろう。群衆に大型車で突っ込むとか、インターネットで犯行を予告するというのは秋葉原事件の犯人とそっくり同じだ」
平敷が思い出したという風でTに聞いた。「前に死は概念だとか言ったね。フィクションだとか。あれはどういう意味だい」
Tは机の上にまだ放り出してある「大量殺人のダークヒーロー」を指さしながら「その著者が学恩をかたじけなくしたというガダリ先生によるとだね、そのドゥルーズとガダリの共著のアンチ・オイデプスによるとだが、人間も機械なわけだ。どういう機械かというのは彼らと僕とでは考え方は違うが、いつか君に話したかもしれないが、機械は壊れるものだろう。どのレベルで壊れているかが問題なんだな」