穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

80:抗議しようと思ったが

2020-03-31 11:27:54 | 破片

 JH老人は無精ひげの伸び具合を確かめるように大工のようなごつい手で顎の下を撫で上げた。「しかし、窓口に座っている末枯れた女行員に文句を言っても始まらない。この前みたいにもう一回り末枯れたばあさんをバックオフィスから連れてきた「私が応対します」なんてすっとぼけられるだけですからな」

「そうですな」
「それに末端の女行員が銀行の電算システムをいじれるわけじゃない。それでね、今日はパソコンを持ってきてね、さっきから財務大臣や警察庁長官への抗議文を書こうと四苦八苦していたんですがね。さっきは若い人には揶揄われるしね。あなたが記事にしてくれるならそのほうがいいな、と思った。どうせ、抗議文を送っても大臣なんかに届くはずもないからね」
厄介なことをお願いしたんじゃないかな、と老人は呟いた。

「この業界はギルドみたいなものでね。金融犯罪というと手ごろなテーマだから時々取り上げているんで、結構取材ルートを持っている連中がいるんですよ」
「だけど彼らはそれぞれ会社というか出版社とか週刊誌の会社に雇われているんでしょう。そんなに組織横断的に動けるものですか」

「普通の会社とは違いますからね。それに記事がものになりそうなら彼らの雑誌に譲ってもいいんですよ。いつか見返りがありますから」
「ははあ、タネは天下の回りものだね」と老人は感心した。

ようやく客が一人入ってきた。常連のエッグヘッド老人だった。チョンマゲ男を認めると
「おや」と驚いたように声をあげた。「あなたは確かこの間、、、」
「いやお騒がせしました」と彼はちょっと頭を下げた。チョンマゲが頭の上で頼りなげに揺れた。
「もうよろしいんですか」
「慣れない葉巻の濃い煙をいきなり吹き付けられので喉がびっくりしたんですな。私もびっくりしましたよ。窒息するかと思った。しばらく上の診療所のベッドに寝ていると嘘のように咳が収まりました」
「それはよかった」

「コロナ騒ぎで外出自粛要請が出ているから今日は自宅で蟄居中かと思ったよ」とJH老人がエッグヘッドをからかった。
「なにもしないでいるというのも結構つらいな」
「掃除でもしていればいいじゃないか」
エッグヘッドは笑って取り合わなかった。チョンマゲのほうを見て
「そういえば、あなたはこの前新型コロナウイールスは人工的だとか言っていましたね。生物兵器の可能性があるとか。ただ何だか完成度がいまいちだとかおっしゃっていたようだが」と思い出しながら話した。「完成度というのはどういうことですか」

 



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