ピョンチャンで、スピードスケートに驚き、ノルディックでライバルと紳士的な競争をした渡部選手に感心し、羽生選手、宇野選手の華麗な演技にため息をついた。
アメリカでは、そんなオリンピックをよそに、野放しの銃での悲劇が繰り広げられ、先日、日本の国会では「完全で不可逆的な非核化・・」と、滑舌の悪い総理大臣が、難しい言葉を使っていた。なんじゃらほい。忖度したり、不可逆的と言ったり、わたしの頭では理解できない。
今朝の新聞に、「8才の少女がトランプ大統領に銃の悲劇を手紙で訴えた。」と、あった。トランプ氏の答えは、「米国民を守り、国の安全を向上させるため力を傾注し続ける」とのこと。一体どうやって守るのかを問う手紙を再び書いたそうだ。
中途半端な言葉でぬるりとかわすのは、どこの国のトップも同じなのだろうか。
北朝と韓国の大統領はどんな思いでオリンピックを観ているのか。
心の底から、選手の頑張りを称え、応援することが出来るわたしたちは幸せなのだと思う。けれど、その幸せの裏で着々と良からぬ方向へ引っ張ろうとしている政治家がいることにも気付かなくてはならない。
それにしても華麗だったフィギュアスケート。しばらくは、オリンピックを楽しもう。難しいことを考えても疲れるだけだ。