ジャズは基本的にヒットチャートとは無縁の世界です。我々のような熱心なジャズファンに根強く支えられてはいますが、売上枚数の面ではポップスの世界とは比較になりません。よくリー・モーガンの「ザ・サイドワインダー」がジャズロックブームを巻き起こす大ヒットを記録した!なんて言われていますが、ビルボードのアルバムチャートは最高25位です。ポップシンガーだとせいぜいスマッシュヒットの扱いですね。その他、ジミー・スミス最大のヒットである「ザ・キャット」が最高12位、ウェス・モンゴメリーがイージーリスニング路線で大成功を収めた「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が最高13位まで上っていますが、それでもベスト10には届きません。スタン・ゲッツの「ゲッツ/ジルベルト」はアルバムが最高2位、アストラッド・ジルベルトが歌った"The Girl From Ipanema(イパネマの娘)"がシングルで5位を記録していますが、世間一般の認識ではジャズと言うよりボサノヴァの扱いでしょうね。そんな中、インストゥルメンタル・ジャズで異例の大成功を収めたのが1965年に発表されたラムゼイ・ルイス・トリオの「ジ・イン・クラウド」です。何せアルバム最高位が2位、シングルカットされたタイトル曲”The In Crowd"も最高5位ですからね。これは正真正銘の大ヒットと言って良いでしょう。
ただ、その割にはジャズファンにおける評価はそれほど高いとは言えません。上述したモーガン、スミス、ウェス、ゲッツらの作品はジャズを少しでもかじった人なら必ず知っているほど有名なアルバムですが、ラムゼイ・ルイスや本作「ジ・イン・クラウド」がジャズ名盤特集等に出てくることはあまりないです。ラムゼイ・ルイス自体は1950年代からシカゴをベースに活動するピアニストで、本作にも参加しているベースのエルディー・ヤングとドラムのアイザック・"レッド"・ホルトとトリオを結成。シカゴのレーベルであるアーゴ・レコードに本作の時点で20枚近い作品を残していました。ただ、シカゴのローカルミュージシャンの域は出ず、ジャズのメインストリームからは遠い位置にいる存在でした。それが突然の大ヒットを放ったのだから世の中わからないものです。
演奏はライブ録音で彼らの地元シカゴではなく、ワシントンDCのジャズクラブ「ボヘミアン・カヴァーンズ」で行われたライブを収録したものです。1曲目タイトルトラックの"The In Crowd"は前年にソウルシンガーのドビー・グレイが発表した曲で、オリジナルも最高13位のヒットになったようですが、インストゥルメンタルの本作のバージョンの方はそれを上回る大ヒットになりました。要因はやはりノリノリのファンキーさでしょうね。当時流行りのモータウンサウンドを思わせる曲で聴衆の手拍子に乗せられるようにルイスがソウルフルなピアノソロを繰り広げていきます。ジャズと言うよりファンキーな踊れる曲としてリスナーの心を摑んだのでしょう。
それ以外の曲もバラエティ豊かな構成です。2曲目は一転してスローブルースの”Since I Fell For You"で、静かなバラード風の序盤から後半に向けてソウルフルに盛り上がっていきます。3曲目は有名なカントリー曲の”Tennessee Waltz"ですが、この曲はルイスはお休みでエルディー・ヤングのベースが全面的にフィーチャーされます。ベースをギターのようにかき鳴らすソロが圧巻です。4曲目”You Been Talkin' 'Bout Me Baby”はコテコテのソウルジャズ。5曲目”Love Theme From Spartacus"は「スパルタカス」と言う映画の曲ですが、美しいメロディからビル・エヴァンスやユセフ・ラティーフら多くのジャズメンにカバーされています。6曲目"Felicidade"はアントニオ・カルロス・ジョビンの有名なボサノヴァ曲を軽快に料理し、ラストはエリントンナンバーの”Come Sunday"で静かに幕を閉じます。以上、R&B、ブルース、カントリー、映画音楽、ボサノヴァ等色々なジャンルの曲を詰め込んだ1枚で、芸術性という点ではともかくエンターテイメント性という点では抜群の作品と思います。