ハードバピッシュ&アレグロな日々

CD(主にジャズ・クラシック)の感想を書き留めます

トミー・フラナガン/オーヴァーシーズ

2024-08-22 20:00:14 | ジャズ(ピアノ)

トミー・フラナガンは私にとって特別に思い入れのあるピアニストです。と言うのもいわゆるジャズ・ジャイアンツの中で唯一生のライヴを見たことがあるのが彼だからです。忘れもしない1999年12月。旅行でニューヨークを訪れていた当時まだ20代の私はここぞとばかりに一緒に行った友人たちとジャズクラブ巡りをしました。最初に赴いたのは伝説のヴィレッジ・ヴァンガード。憧れの聖地に足を踏み入れて感激したのですが、当日出演していたのは聞いたことないディキシーランド・ジャズのバンドのライブで、演奏内容は正直ピンと来ませんでした。有名なブルーノートにも行きましたが、当日やっていたのは映画「アラジン」の主題歌”Whole New World"で有名なレジーナ・ベルのライブ。これはこれでとても良かったのですがジャズとは少し違う。

そんな時にたまたま見つけたのがトミー・フラナガンのライブ。あまり聞いたことのないミッドタウンのジャズクラブで名前は失念しましたが、これが素晴らしい体験でした。フラナガンは当時69歳。年齢的にはまだ老ける年ではないのですが、正直ステージに上がるまでの動きは重そうでした。2年後の2001年に病気で亡くなってしまうのでこの時すでに体調が悪かったのかもしれません。ただ、ひとたび鍵盤の前に座ると背筋もシャキッとし、そこからは目もくらむようなきらびやかなタッチで鮮やかなソロを繰り出します。当時の私はまだジャズを聴き始めて5年ぐらいでライブで演奏されている曲も正直知らない曲の方が多かったですが、それでも生で見る一流ピアニストの演奏に圧倒されたのを鮮明に覚えています。

思い出話が長くなりましたが、本日ご紹介する「オーヴァーシーズ」はそんなフラナガンの代表作に挙げられる1枚です。ピアニストとして「サキソフォン・コロッサス」「ジャイアント・ステップス」はじめ数多の名盤に参加したフラナガンですが、自身のリーダー作を本格的に発表し始めるのは70年代以降で、50~60年代に発表されたのは本作とプレスティッジ盤「ザ・キャッツ」、ムーズヴィル盤「トミー・フラナガン・トリオ」の3作品しかありません。本ブログでも彼の参加した作品は数えきれないほど紹介してきましたが、リーダー作となると本作が初ですね。

録音年月日は1957年8月15日。当時フラナガンはJ・J・ジョンソン・クインテットの一員としてヨーロッパを訪問中で、そのうちリズムセクションの3人(フラナガン、ウィルバー・リトル、エルヴィン・ジョーンズ)がストックホルムのメトロノーム・スタジオで録音しました。海外で録音されたということでOverseasのタイトルが付いたわけですが、ジャケットを見るとOVERの下に、CCCCCCと大量のCが書かれており、OverCsとちょっとしたシャレになっています。なお、再発盤のCDはフラナガンがタバコを吸うジャケットがメインになっており、このデザインのジャケットは今ではあまりお目にかからないかもしれません。

全9曲、最初の2曲とラストの"Willow Weep For Me"以外は全てフラナガンのオリジナルです。オープニングの"Relaxin' At Camarillo"はチャーリー・パーカーのバップ曲。3分余りの短い演奏なのですがジャズピアノトリオの魅力が詰まったような名演でリスナーの心をガッチリ掴みます。続く"Chelsea Bridge"はビリー・ストレイホーンが書いたエリントン楽団の定番曲で、こちらはしっとりした演奏です。3曲目”Eclypso"はフラナガンの代表曲で、上述の「ザ・キャッツ」でも演奏していました。タイトルから想起されるようにカリプソの陽気なリズムに乗ってフラナガンがきらびやかなフレーズを紡いでいきます。フラナガンは後の80年にもこの曲をフィーチャーした「エクリプソ」というアルバムを発表しており、そちらも名盤の誉れが高いです。4曲目"Beat's Up"は文字通りアップビートのキャッチーなナンバーで、フラナガンはもちろんのこと、ベースとドラムにもスポットライトが当たります。

5曲目”Skål Brothers”はおそらくスウェーデン人の名前で、スコール兄弟(誰?)に捧げたブルースでしょうか?続く”Little Rock"もブルースですが、この辺りは少し似たような曲調が続きます。7曲目”Verdandi"は北欧神話に出てくる女神の名前から取った曲で、2分超と短いながらもエネルギッシュなナンバーです。8曲目"Delarna"はカタカナにするとダーラナでスウェーデンの地名とのこと。スウェーデンの原風景を残している美しい場所らしく、曲の方も実にチャーミングな美しい旋律を持った名曲で、本作のハイライトと言っても過言ではありません。ラストの"Willow Weep For Me"は定番のスタンダード。私はこの曲暗くてあまり好きではないのですが、本作のバージョンは途中でテンポも早くなったり工夫を凝らしていて悪くありません。全編を通じてフラナガンのピアノはもちろんのこと、ウィルバー・リトルのベース、エルヴィン・ジョーンズのドラムも存在感を放っており、まさにトリオの三位一体となった演奏が楽しめます。

上述のライブを見た後、感激した私は現地で発売されていたフラナガンの「シー・チェンジズ」というアルバムを買いました。1996年発表の新しいアルバムだったのですが、収録曲には”Verdandi""Delarna""Eclypso""Beat's Up""Relaxin' At Camarillo"と5曲もの曲が再演されています。40年近く経っても繰り返し演奏するぐらいの愛奏曲ばかりが収録された本作はフラナガンの中でも特別なアルバムだったのでしょうね。

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