パプリカ
2012-01-21 | 読書
劇場アニメ化もされた筒井康隆の長編小説。精神医学研究所に勤める主人公千葉敦子はサイコセラピスト。同僚の時田浩作とともにノーベル賞級の研究開発に携わっている。敦子には、他人の夢に入り込みその不安や原因を探る夢探偵パプリカとしての秘密の顔があった。二人は嫉妬や愛憎、権威欲がからみあった研究所内の内紛に次第に巻き込まれていく。時田が開発した他人の夢とシンクロするセラピー機器DCミニが紛失。それは危機の訪れだった・・・。
筒井康隆を初めて読んだのは中学生のとき。国語の教科書に載ってた星新一から始まって、日本のSF作家に読書領域を広げた僕と友人数名。中学生らしく眉村卓を選んだお坊ちゃん、仲間うちの秀才君は小松左京を、歴史好きなギター弾きは豊田有恒・・・それぞれ嗜好が分かれ始めた。そして僕は筒井康隆に手を出した。今にして思えば、愛も狂気も風刺もエロもグロも人間関係もみーんな筒井康隆から学んだ。授業中に「ベトナム観光公社」や「笑うな」を読んで笑いを堪えたこともある・・・先生、みなさんごめんなさい。でもそれだけじゃない。筒井作品の魅力は、読んでいて行間から自由奔放なイメージがどんどん拡散していくような感覚が楽しめること。この「パプリカ」もまさにそうだ。テキストに込められた物語は、イマジネーションがページからはみ出していくようだ。
実は「パプリカ」は今敏監督による劇場アニメ版を先に観た。
実は「パプリカ」は今敏監督による劇場アニメ版を先に観た。
怒濤のイメージの洪水にただただ圧倒された。夢が次々と流れ込んで現実とごっちゃになるハチャメチャなクライマックスに、これはアニメだからこそできたことかも・・・と映像の力と監督の力量を感じた。しかし、映画館を出てよーく考えてみると、これを文章で表現した筒井康隆ってもっとすごい!。読者の頭の中で生まれるイメージは、スクリーンに映し出されるものの比ではないはずだ。アニメ映画を観て作家の偉大さを思い知る。
原作は、アニメのようにすっきりしておらず(なんせ上映時間は90分)、パプリカの協力者となる男性クライアントは二人登場する。二人が治療を通してパプリカに夢中になっていくのだが、この過程が読んでいてなんとも羨ましい。いつしかページのこちら側の僕らもパプリカに恋してしまう。精神分析の深いところを僕はよくわからないが、作者はかなり学んでいる。それは昔読んだ作品でも感じたことだ。物語の前半は研究所内部の紛争とそれにからむエピソードを丁寧に描いていく。実際に僕らがみる夢でも突然舞台や人物が変換されてしまうことがあるが、そうした描写や分析がひとつひとつ面白い。そして後半は筒井作品らしいスラップスティックコメディのような大騒ぎが始まる。ストーリー展開の早さにのせられてどんどん読むスピードが上がってくる。前半あれほどじっくり読んでいたのに、気づいたら後半は一気読み。そして現実に僕らを引き戻してくれるような余韻を感じるラストシーン。
夢探偵パプリカは中年男性の願望みたいなキャラクター。女性読者にはそこが不評だったようだ。この小説は女性誌「マリ・クレール」に連載されていた。なるほど、これまで筒井作品に出てきたヒロインの中でもスタイリッシュな印象があるのは読者に合わせた部分なんだろう。しかし大活躍の一方で次々と男性に心惹かれるパプリカやグロテスクな死体の描写は女性読者に向けた悪戯のような気がする。それは筒井先生らしいことではないか。