■「はじまりのうた/Begin Again」(2013年・アメリカ)
監督=ジョン・カーニー
主演=キーラ・ナイトレイ マーク・ラファロ ヘイリー・スタインフェルド アダム・レビーン ジェームズ・コーデン
音楽でつながれた人と人の絆って強い。自分自身の実体験も含め、僕はそう信じている。映画を観るにあたってもそうだ。映像と音楽が一体となった奇蹟のような瞬間や、音楽を介して人と人がつながっていく物語に強く強く惹かれる。そんな映画と出会った時の幸福感。例を挙げたいところだがきりがなくなりそうなので割愛するが、ジョン・カーニー監督の前作「Once ダブリンの街角で」もそんな幸せな映画との出会いの一つだった。そしてこの「はじまりのうた」も。
「はじまりのうた」の冒頭は、傷心のヒロインであるグレタが友人であるスティーヴのライブに飛び入り出演するところから始まる。そこで落ち目の中年音楽プロデューサー、ダンがグレタの歌を聴いて彼女に声をかけた。彼はデモテープを路上録音で作ろうと提案し、二人のタッグが周囲の様々な人物を巻き込む出来事に発展していく。いや、これは音楽をプレイすることだけでなく、人間関係をも含んだセッションなのだ。映画は冒頭数分間、時系列に物語を進行させない。それは、グレタがその晩スティーヴのライブに同行するに至ったいきさつと、ダンがその晩そのライヴをどんな心持ちで聴くに至ったかをそれぞれの目線で示していく。だからグレタがライヴで歌う、地下鉄のホームで飛び込み自殺しようか迷う女の子の歌を僕ら観客は3回(レコード会社の場面でさらに1回)聴くことになる。ここはやや"くどい"とも感じられるのだが、ダン目線の部分では、彼のイマジネーションでアレンジが視覚化される。この演出は、音楽好きならきっと心を掴まれることだろう。
この映画で素敵な小道具として登場するのがiPhoneだ。「Once」でも思い出の動画を見ながらかつての恋人を思う場面があったが、本作では単に動画再生だけではない。グレタにはミュージシャンの恋人デイブ(マルーン5のヴォーカル、アダム・レビーンが好演)がいたが、彼は仕事で同行した別の女性と関係してしまい、喧嘩別れしてしまう。グレタが彼へのあてつけにスティーヴと曲を作ってiPhoneで送りつける場面がある。マイクスタンドにiPhoneをテープでぐるぐる巻きにしてグレタは"バカみたいに好きだったわ"と歌うのだ。
映画『はじまりのうた』スペシャルミュージッククリップ「Like A Fool」
こんなメッセージを残されたら、そりゃ彼氏も"しまったー"と思うよな。さらに音楽プレイヤーとしても大活躍。ダンが二股に分かれたイヤホンジャックで同じ音楽を聴きながら元妻とデートした、と思い出を語る。グレタとダンは夜の街をお互いの音楽プレイリストを一緒に聴きながら音楽について語り合う。共通の音楽で盛り上がれる瞬間って実生活でもあることだけど、やっぱり素敵だ。
この映画は人間関係のセッションでもある。グレタと関わることから、ダンは次第に自分に自信を取り戻し、別れた妻の元にいる娘との関係も回復していく。娘ヴァイオレット(「トゥルー・グリット」の生意気な小娘ヘイリー・スタインフェルド)は、グレタから服装や友達との関わり方についてアドバイスを受け、彼女の発案でヴァイオレットをレコーディングに参加させることになる。ヴァイオレットがリードギターとして加わった屋上セッションの場面はとても感動的だ。
映画『はじまりのうた』スペシャルミュージッククリップ「Tell Me If You Wanna Go Home」
"家に帰りたくなったら言ってね"と歌うこの曲は、まさにダンと元妻、娘を関係修復へと導く。
そしてグレタとの関係を取り戻したい、とデイブがやってくる。彼は二人で共作したバラードLost Starsを、ポップなアレンジでレコーディングしていた。グレタはそれを"違う"と突っぱね、彼のやり直したいという申し出も断る。映画のクライマックス。グレタの望むアレンジでデイブが歌うLost Starsは涙を誘う名場面だ。
Adam Levine - Lost Stars
アカデミー賞にもノミネートされたこの曲は、マルーン5のアルバムにも収録されている。多くの人々の協力で、ストリートで録音されたグレタのアルバム1枚分になるデモテープは完成し、レコード会社からも色よい返答が出そう。そしてグレタが選んだ結論は・・・。僕らは音楽にどう向き合うことが幸せなのか。前向きなラストシーンに大感激。「Once」の切なさとはまた違った余韻は、僕らに音楽の素晴らしさ、そして一緒に物事を楽しめる、成し遂げる仲間の大切さを改めて教えてくれるのだ。