◼️「サブウェイ/Subway」(1985年・フランス)
監督=リュック・ベッソン
主演=クリストファー・ランバート イザベル・アジャーニ ジャン・ユーグ・アングラード リシャール・ボーランジェ
別にリュック・ベッソンが嫌いではないのだけれど、ずっと敬遠してきた「サブウェイ」に挑む。なるほど、賛否分かれる映画なのは理解できる。確かにお話は深みがないし、説明不足も多々あるし、心情が読みづらい。でもこの上なく映像はカッコいいし、個性的な登場人物が面白い。起承転結がハッキリした映画の文法を切り捨てて、とにかく観ている僕らをグイグイ引っ張っていく。悪く言えば、問答無用の勢いだけの映画。でも他の映画では味わえない魅力がある。
冒頭のカーチェイスを除いて、終始地下鉄の駅内で物語は進行するアイディアもいい。そしてその限られた舞台をとことん活かそうと楽しんで撮影しているのが伝わってくる。しかし、それは観客置いてけぼりの作り手本位映画になりがち。社会的に追いやられた人々が地下鉄駅のさらに地下で暮らす様子と、地上にいるイザベル・アジャーニの裕福な夫や警察官たちの対比。「パラサイト 半地下の家族」と同様に貧富の差を上下で表現しているという見方もあるだろうけど、リュック・ベッソンはおそらく何にも考えてない。地下鉄という舞台が遊園地みたいで面白い。ただそれだけだ。
この映画のもう一つの主役は音楽。音楽家の一人として出演もしているエリック・セラの劇伴や挿入曲は、観ているこっち側の気持ちに訴えかけてくる。他のベッソン作品で聴ける近未来的なテクノでもなく、オーケストラでもなく、疾走感のあるエイトビート。それがスクリーンの向こうから僕らに拍の頭で手を叩けと要求しているかのようだ。これにノることができた人は、きっとこの映画を好む人。
イザベル・アジャーニを愛でる映画としてもナイス。ファッションと髪型が出てくる度に変化して、人気女優を着せ替え人形にして楽しんでるみたい。黒いレースが美しいドレス、鮮やかな黄色と黒のチェック柄ジャケット、モヒカンみたいな髪型でゴージャスなコートを身にまとい、グレーのダブルスーツにモノトーンチェックのシャツ。色素の薄い瞳に引き込まれそう。
そもそもスティングの出演を予定していたらしいが、クリストファー・ランバートが演じたことで、無軌道な若造の感じがよく出た気がする。85年当時のスティングは、ジャズに走ってちょっと落ち着きが出始めた頃だからパンクだけど上品な感じになってたかも。ジャン・ユーグ・アングラード、ジャン・レノ、リシャール・ボーランジェと好きなフランス男優たちが脇に揃い踏み。
冒頭のカーチェイスを除いて、終始地下鉄の駅内で物語は進行するアイディアもいい。そしてその限られた舞台をとことん活かそうと楽しんで撮影しているのが伝わってくる。しかし、それは観客置いてけぼりの作り手本位映画になりがち。社会的に追いやられた人々が地下鉄駅のさらに地下で暮らす様子と、地上にいるイザベル・アジャーニの裕福な夫や警察官たちの対比。「パラサイト 半地下の家族」と同様に貧富の差を上下で表現しているという見方もあるだろうけど、リュック・ベッソンはおそらく何にも考えてない。地下鉄という舞台が遊園地みたいで面白い。ただそれだけだ。
この映画のもう一つの主役は音楽。音楽家の一人として出演もしているエリック・セラの劇伴や挿入曲は、観ているこっち側の気持ちに訴えかけてくる。他のベッソン作品で聴ける近未来的なテクノでもなく、オーケストラでもなく、疾走感のあるエイトビート。それがスクリーンの向こうから僕らに拍の頭で手を叩けと要求しているかのようだ。これにノることができた人は、きっとこの映画を好む人。
イザベル・アジャーニを愛でる映画としてもナイス。ファッションと髪型が出てくる度に変化して、人気女優を着せ替え人形にして楽しんでるみたい。黒いレースが美しいドレス、鮮やかな黄色と黒のチェック柄ジャケット、モヒカンみたいな髪型でゴージャスなコートを身にまとい、グレーのダブルスーツにモノトーンチェックのシャツ。色素の薄い瞳に引き込まれそう。
そもそもスティングの出演を予定していたらしいが、クリストファー・ランバートが演じたことで、無軌道な若造の感じがよく出た気がする。85年当時のスティングは、ジャズに走ってちょっと落ち着きが出始めた頃だからパンクだけど上品な感じになってたかも。ジャン・ユーグ・アングラード、ジャン・レノ、リシャール・ボーランジェと好きなフランス男優たちが脇に揃い踏み。
サブウエイ(1986) 予告編