◼️「ゲンスブールと女たち/Gainsbourg (Vie Heroique)(2010年・フランス)
監督=ジョアン・スファール
主演=エリック・エルモスニーノ ルーシー・ゴードン レティシア・カスタ ダグ・ジョーンズ
セルジュ・ゲンスブールは憧れの不良老人。彼の音楽や後の世代への影響は偉業だが、それと共に彼がプロデュースした女性達への関わり方にも強く惹かれる。映画「ゲンスブールと女たち」はそんな彼の女性遍歴と、それぞれに関係する名曲たちが延々と描かれるのだろうと想像していたのだが、予想以上に伝記映画としてバランスが取れていると感じた。人柄にも迫りつつ、数々の楽曲が随所に散りばめられ、スキャンダラスな恋愛遍歴やアーティストとして物議を醸したエピソードをうまく配置している。
音楽アーティストの伝記映画は、いわゆる成功物語になりがち。親が厳しかったり、家庭環境が貧しかったり、音楽家になったけど認めてもらえなくて。そして偉業を成し遂げて、認めてくれなかった人から認められて感動的なラストへ。「ボヘミアン・ラプソディ」や「ストックホルムでワルツを」も基本線はそうだ。しかし伝記映画としての「ゲンスブールと女たち」は違う。本人の型にはまらない奔放さや身勝手が、愛している人を遠ざけていくラストが切ない。新たなアジア系の恋人(バンブー)との間に生まれた男の子を自分の本名であるリュシアンと名付ける。
「フランスを支配した父親だぞ」
その言葉の虚しくて悲しい響き。
ゲンスブールのディスコグラフィーや楽曲を知った上で観るとエピソードの数々が楽しくて仕方ない。選曲や劇中使われ方がとても凝っている。ピアノの練習に厳しい父親のもとで、クラシックを練習しているのだが、これが後に自身でカバー(名曲「ジェーン・B」)するショパン楽曲。ブリジット・バルドー初登場シーンで流れる「イニシャルB.B.」のカッコよさ。特にバルドーとイチャイチャしながら歌う場面では、二人が密かにレコーディングしてバルドーの夫の怒りを買った究極のラブソング「ジュテーム・モア・ノンプリュ」のメロディをチラ見せするだけ、というオシャレさ。その「ジュテーム」をジェーンと録音し、初めてプロデューサーに聴かせる場面では、それがいかにセンセーショナルな楽曲だったのかが示され、二人がバスタブで抱き合う場面はPVとして撮ったのかと思うくらいにマッチして美しい。ジュリエット・グレコと名曲「ジャバネーズ」を歌う場面が切なくて好き。
セルジュ本人が容姿にコンプレックスを抱いていたことも色濃く描かれる。それが原因で自信をもって物事に向き合えない。そんな彼をデフォルメした"分身"が彼に事あるごとに助言する。このファンタジックな演出は、コミック作家でもある監督の持ち味だ。しかし成功して自信をつけたセルジュは、次第に分身を必要としなくなっていく。それは自分自身を見失い、行動に歯止めが効かなくなっていくのと重なる。そして愛するジェーンに去られ、もはや分身も現れなくなり、セルジュは出会ったばかりのバンブーに側にいてくれと激しい言葉を浴びせるのだ。理解者となる誰かが欲しかった。描かれるセルジュの心の弱さ。音楽を楽しむ以上に、僕にはとても共感できる部分だった。ジタンの煙の向こうで歌っていたカッコいいセルジュが、わかってくれる誰かが欲しいと思っていた自分と重なる。
あ、セルジュのような女性遍歴はございませんので、念のためw。