◼️「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー/Rebel In The Rye」(2017年・アメリカ)
監督=ダニー・ストロング
主演=ニコラス・ホルト ケヴィン・スペイシー ゾーイ・ドゥイッチ ホープ・デイヴィス
作家志望だった若き日から、成功を収めた後隠遁生活に入るまで。J・D・サリンジャーの半生を描いた伝記映画。僕は熱心な文学青年でなかったからサリンジャーは「ナインストーリーズ」をつまみ食いした程度。作家自身についてあまりに知らなかったので、脚色も主観も誇張もあるだろうけど、こういう触れ方もいいかなとこの映画「ライ麦畑の反逆児」に手を出した。
確かに反逆児。表現を学ぶために大学で講義を受けながらも、教授の指導に対していちいち皮肉を返す。憧れだったニューヨーカー誌から掲載のラブコールがあったのに原稿の修正を拒否。文壇や業界、世間に媚びない彼の姿勢は、文学に対するひたむきな気持ち故なんだけど、他人の考えや意見に理解を示そうとしないので、一般から見ればやはり反抗的に映るのだろう。そして最後は世間からも背を向けてしまう。
第二次世界大戦に従軍し、戦場の悲惨な光景や経験から、一時は作品を書く気力を失ってしまう。このPTSDの描写は生々しく、「帰還兵なら誰にでもあること」と医師にも突き放され、一人苦しむ姿はなんとも痛々しい。
大学の恩師の支えとアドバイスもあって、その後のサリンジャーは「ライ麦畑でつかまえて」で成功を収める。しかし、多くの読者の共感を呼ぶ成功が、彼の日常をこの上なく不安に陥いるきっかけにもなった。世界中から届くファンレターを読まなくなったのはこうした原因があったのだ。ジョン・レノンを殺害したマーク・チャップマンが「ライ麦…」を持っていたことも知られている。フランソワ・オゾンのある映画で、このことを例に挙げて文学の無力さを説く人物が出てくる。影響力の怖さはあるけれど、文学は決して無力ではない。一部の人々に過激な影響になったかもしれないが、多くの人には支えになったのは間違いないのだから。
「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」と合わせて観ると、何故サリンジャーが人を避けるようになって、老舗出版社が彼を守ろうとしていたのか、背景を理解するのにきっとこの映画は役立つ。恩師役ケビン・スペイシー、ルーシー・ボーイントンも印象的な好助演。