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食堂かたつむり 小川 糸 ポプラ社 このアイテムの詳細を見る |
癒し系の物語・・・そう思って読み進んでいたら、思わぬ落とし穴がありました。
生きるってことは、実はなかなか「優しい」だけではダメなのですね・・・。
この物語の主人公倫子は、ある日突然、
一緒に暮らしていた恋人に家財道具まですべて持ち去られてしまいました。
そのショックのために、声まで失ってしまいます。
やむなく、山間の故郷に戻り、そこで食堂「かたつむり」を開きます。
お客はあらかじめ予約の入った一日一組だけ。
彼女は、その一組のお客のために、メニューを考え料理を作ります。
材料はほとんど地元で調達されたもの。
今風に言えばスローフードですね。
登場する一品一品がありきたりでなく、工夫されていて、なんともおいしそう・・・。
こんな食堂があれば私も行ってみたい・・・。
こんなので、お客はあるのだろうかとひそかに心配するのですが、
この食堂で食事をするカップルは幸せになれる・・・そんなジンクスも生まれて、
少しずつ評判になり、うまく回転を始めます。
実は倫子は、母とどうしてもうまくいかずに、この町を出たのですが、
帰ってきてもしばらくは同じような状況です。
倫子は土地の人々とはとてもうまく関係を結べるのに、
どうしても母に打ち解けることができません。
ただ、母の家を借りて食堂を始める条件が、
豚のエルメスの世話をすることだったので、
毎日、エルメスの世話は欠かさない。
義務感だけではなく、彼女は毎朝エルメスのためにわざわざパンを焼き、
慈しみ世話をする。
そのエルメスの温もりは、時として孤独に押しつぶされそうになる倫子の心をなぐさめます。
そんな毎日のうちに、倫子は思いがけない母の真の姿を知る。
ところがその母が、自分がかわいがっていたエルメスを料理するようにというのです。
その先はこの物語の圧巻といっていいでしょう。
癒し系と思っていたこの物語の、実に厳しい真の姿がそこに表されています。
わたしたちの生命は、このようにとても貴重な生命の犠牲の上に成り立っているのだということを、いつもは忘れてしまっています。
スーパーでパックで売っているお肉では、それは感じにくいですもんね。
エルメスの命。
母の真の気持ち。
これらが少しずつ倫子に生きる力を注ぎ込んでいくのです。
そうそう、「ブタのいた教室」という映画も公開中ですね。
まさに、同じテーマだと思います。
私たちは命を受け継いで、次の命に引き継いでいくのだけれど、
今、そういうことがとても見えにくいんですね。
何でも、お金さえ払えばすぐに手に入ってしまう。
食べ物がどこから来て、どこへ行くのかもわからない。
これってすごく不自然なことのように思えてきます。
大変つらいのですが、この現実をしっかり受け止めて、
わたしたちはいつも「食べる」ときには感謝を忘れてはいけないですね。
「いただきます。」
この言葉を忘れないようにしたいと思います。
この本は、癒し系のほんわかしたストーリーではなく、とても力強い生へのメッセージでした。
満足度★★★★★