稽古開始から1か月、台本読みも残り10数ページ。なかなか、メンバー揃わず遅々として進まないが、まっ、アマチュア劇団なんてそんなもんだ。出前コントの方も2週間後ってことで、と稽古は同時進行、そっちにも役者とられて、うーん、ちょっと大変だぜ。
人足りないなら、歌の練習しようか。
昔懐かし昭和歌謡、5曲ほど入ってるんだ、今回の芝居には。おっと、昭和ったって、美空ひばりとかさぶちゃんとかじゃないぜ。戦前、歌い手なら東海林太郎、藤山一郎とかのものだ。ネタバレになるから、曲名すべて白状しちまうわけにゃいかない。ちょい出し、ってことで、クライマックスの1曲だけ教えちまうぜ。
「国境の町」作詞:大木惇夫、作曲:阿部武雄。東海林太郎が歌って大ヒットした曲だ、って言ってもシニア以下の連中には、へぇ~、あっそう、の世界だろうな。歌詞はこうだ。
橇の鈴さえ 悲しく響く
雪の広野よ 町の灯よ
一つ山越しゃ 異国の星が
凍り付くよな 国境(くにざかい)
二番略
行方知らない さすらい暮らし
そらも灰色 また吹雪
想いばかりが ただただ燃えて
君と逢うのは いつの日ぞ
これを満州の荒野をさすらう兵士たちに歌わせる。慰問隊の旅役者の誘いに乗ってぼそぼそと歌い始めるが、ついには、それぞれが想いの者たちに心を馳せつつ激唱する。戦争の悲惨さをこのシーンに託した。
脚本を書く時、当時、1941年、流行った軍歌や流行歌をあれこれと何度も何度も聞き返した。で、決めた!使うとすれば、この曲だぜ。理由は、軍歌ぽくない。芝居の舞台、満州にぴったり。哀愁に満ちている。作曲が山形出身だ、・・・と、決め手はいろいろあったが、一番は、ユーチューブの東海林太郎と一緒に歌いながら涙が止まらなかったってことだ、恥ずかしながら。完全にこっちの琴線に共鳴しちまったんだな。物語もこの曲の哀感に満ちた郷愁にぴったりだし。
いいぞ、これで話しが終わらせられる!素晴らしい!助かった!
台本仕上げて、役者に渡した後、不安になった。この感動、もしかして、個人的な思い込みか?ただ、俺の感傷曲線がこの曲に寄り添ってしまったってだけってことか?歌って涙流すなんて、ただのセンチメンタルか?
他人の曲使って舞台作る、それも最重要のクライマックスを託す、なんて、他人の褌で相撲、人の刀で功名、の類じゃないのか?芝居はセリフで語らせろ、って井上ひさしさんの教えにも反するぞ。が、信じるしかないぜ、自分の感性ってやつをよ。
恐る恐れ、歌の稽古していた役者たちに聞いて見た。家で一人歌ってると、泣けてくるよ、だってさ。心がぼろぼろ震える。このシーンでこの歌、ぴったりだと思う、って返事が返って来た。一人ばかりじゃない。他にも、同感の声、しきり。
よかった!一人よがりじゃなかったんだ。三人の兵士が心を震わせながら歌えるなら、この場面はきっと客席に届く。セリフの力で観客引き付けられない、ってところは、この先の課題とするとして、こういう舞台だってあってもいいじゃないか。セリフで感動、ってシーンだってたっぷり準備してあるんだし。あとは、歌い手たちが、しっかり情感込めて歌いきれるかどうかってことだぜ。頼むぜ、役者さん!