現場で注目される心の力 平成25年12月17日
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12月5日のNHK・夜のニュースの後の特集でノーベル賞を
受賞された山中伸也教授のIPS細胞の今後の期待と
問題点について特集が組まれていた。
言うまでもなく、IPS細胞によって、将来の医療展望が
見えてきたと言えるだろう。移植再生医療における画期的な
道が開けたと専門家は語る。
最新医学的研究においては、癌細胞を標的として攻撃する
分子標的薬が開発されている。これによって、これまでの
医療界の常識が変わりつつあるとさえ言われている。
これまでの医療界の常識・・・たとえば、“病気の原因は
おしなべて、身体の不具合に基づく。病気は悪いもの、
身体を失うことになる死は、敗北で消滅そのもの“という
原則に基づいた考えかたが根本にあった。
その考え方は、唯物論的二元論の上に成り立つ。
つまり、体は物質が構成しているから健康か不健康
か、生か死かという二元的な価値に基づいて“病気の
原因となる物質”の究明がなされてきた。
二元論は 体と心を別々のものとして切り離して見る。
それぞれ別個の存在であるから それぞれの研究が
それぞれの方法で進められてきた。こうして、一方
では”心を側道に置いた”近代医学が発展してきた。
その発展はある時期まで目覚ましいものがあり、
西洋医学は世界的医療現場で、絶対的な位置を確立
したかのようだった。
ところが、近年、意外な声が現場の治療者側から
聞こえられるようになってきた。それは、”現場の患者
さんの心の声が医師側にきちんと届いていない”という
意見だったり、”心のケアが忘れがちにされている”と
いう不満だったり、”人間性をもっと加味した医療が
望ましい”という希望であったりする。
事象の観測が自然科学の基礎になっているように、
西洋医学にも その方法論は適応されている。
“客観的な事実の観測”“その結果から一般的な病理を
引き出す”ことが 第一義となるため、血液検査、
レントゲンなどの、検査が重要視され、データで
判断される。一方、心の通い合う医療の取り組みは
自然科学や医学の目覚ましい発達に比べてかなり、
遅い歩みで進んできたと言えるのかもしれない。
長堀博士は 著書の中で次のように述べている(以下引用):
“30年ほど前には、身体の造りから各臓器の働きとその
病態、さらに治療に至るまで、いやになるほど、細かい
講義が行われていました。
しかし、その反面、患者さんに対する基本的な診療法
についてきちんとした授業がほとんど行われ
ていなかったのです。”(以上引用終わり)
長堀博士はこうしたことに関して、(以下引用)“患者さん
の個人的違いというものは必ずしも、重きを置かれない
のです。本来、医療の現場においては、患者さんご本人
がどう悩んでいるのかという主観的な訴えや、一人ひとり
まったく異なる身体の状態について、十分な聞き取りや
観察がなされなければならないはず“(以上引用終わり)
と 記した後で 癌患者への告知の配慮として、(以下引用)
“癌といっても、状況によってさまざまです。
余命は一般的には X月と言われますが、これはあくまでも
全体の平均に過ぎません。個人差が大きいので、一日でも長く
するように協力しあって行きましょう”(以上引用終わり)
というような声掛けも 患者の不安を最小限にするための、
寄り添う医療の一環としている。寄り添う医療、それは、
”医療者と患者さんの気持ちをかみ合わせる’ことから
始まる。寄り添う医療が注目されてきた背景の一つとして、
東日本大震災が日本人の心に与えた影響があると長堀医師
は言う。
大津波は、一瞬にして目の前の命を次々と、飲み込んだ。
余りにも非情に見える生死のドラマを、日本中の人達に見せ
つけ、震撼させた。だから、”こうして当たり前の仕事が
できて、穏やかに毎日が過ごせることの幸せ” の実感を
その状況を知った人すべてが理屈ぬきに 感じることが
できた。
互いに、生きている、それは言葉を変えれば生かされて
いる ということ。互いに、生かされ、互いに繋がりあって
いる今だからこそ、大切にしたい命、同じ目線で皆が命
を見つめ、相手を想い、共感意識で結ばれる。
のど元過ぎれば熱さ忘れる~の諺にあるように、痛い思い
を味わってこそ初めて失ったものの価値を実感することも
思い知らされた。
失う前に、それに気がつければ幸いだ。或いは、失うかも
しれないという予感があれば、その前にこそ、価値を十分に
味わっておきたいと思う人もいる。
例えば、以前、ブログでも多くの人たちが 死を宣告されて
から、それまでと違う心構えで生きられ、周囲の人々に
感銘を与えた事実を取り上げた。宣告されたことにより
さらに、充実した人生を送ろう、後悔しない余生を過ごそう
として人生観を見直し、明るい笑顔を取り戻そうと努力
された。
家族に感謝し 社会的に自分が残せることを探し出した
人もいた。そういう方達は、予測された余命よりはるかに
長く生きられ周囲を勇気づけた。
松田優作という俳優は若くして癌を宣告された。
そんな折、ハリウッド映画 “ブラック・レイン” の出演が
決まり、 映画のクランクインが開始された。
松田氏は、驚くことに、撮影が終わるまでの間だけ 癌
(膀胱)の進行を食い止めた。
それは、”必ず映画を撮り終わる、しかも誰にも癌だと気づか
せる演技をさせたくない” という、強い意思と仕事への
責任感と情熱が癌へのコントロールを可能にしたのだろう。
心の力の大きさは、多くの実例を持って語ることができる
だろう。”患者の心に寄り添う”という意味の裏側に、
患者の心の働きを無視することができなくなってきた
医学界の変化があるようだ。
さらに、余生が伸びたり、癌の進行が止まったりと、
そういう例が多く発表されるようになると 今後の
ホスピス医療やターミナルケアにも、影響がでてくる
だろう。
続く~
長堀 優(ゆたか)氏について
日本外科学指導医、日本消化器外科科学指導医、
日本がん治療認定医
機構癌治療認定、財団法人船員保険会横浜
船員保険病院 副院長・外科部長
参考図書)”見えない世界の科学が医療を変える”
長堀 優著 でくのぼう出版 2013年