おかんのネタ帳

日々の雑感や興味のあることを書いています

マティス展

2023-08-11 11:19:01 | 旅の想い出
翌日、マチネの舞台を観るので、午前中に美術館へ行くことにしました。
東京都立美術館。去年も、観劇の前に行ったっけ。フェルメールを観に。



上野にあります。
さほど、美術や絵画に造詣があるわけではないけど、約20年ぶりの開催という「マティス展」のことをいろんな番組で紹介されていたので。



20世紀芸術の巨匠アンリ・マティスの大回顧展。→ こちら
20世紀を代表するフランスの巨匠、マティスは強烈な色彩によって美術史に大きな影響を与えたフォーヴィスム(野獣派)の中心的な存在。
あまり良くは知らなかったんやけど、身近にしてくれたのが、NHKの「BAEBAE美術館」。
高校が美術科だったという松下洸平くんがMCをしてる番組の第二弾 → こちら
・・・もう、すぐに影響されるんやから、ミーハーは(苦笑)



写真が撮れる作品がいくつかあるので、バシャリ。







病気がきっかけで美術に出会ったマティスですが、亡くなるまで病と闘っていたんですね。
晩年は絵筆を持てなくなって、色のついた紙を切る、切り紙絵で様々な作品を作ります。



晩年の最大の傑作と言われる南仏ヴァンスのロザリオ礼拝堂。
これは大きなモニターで、映像で紹介されてました。
音声ガイドは上白石萌歌さん。

予約制で入るんやけど、入り口に、「BAEBAE美術館」メンバーのサインがありました。



写真を撮ってたら、同じように取りに来てる人がいたので、写真を撮ってあげたら、私も撮ってくれて(笑)
てっきり洸平ファンかと思ってたら、どうも、Eテレびじゅチューンにも出てる井上涼さんのファンのような??(苦笑)



さて、ここから、池袋まで。

行きなれた?「東京芸術劇場」へ。



旅行割で北陸へ

2022-11-25 15:15:06 | 旅の想い出
政府が旅行割を発表したのが10月でしたっけ。
「全国旅行支援」、国内の旅行が1名1泊あたり最大5,000円OFFになるというもの。
12月20までの旅行が対象・・・
ヨメがあまりに忙しくあちこちに出かけるので、罪滅ぼし?に、夫婦二人一泊二日温泉の旅にでかけようと調べまして。
京都や兵庫、近隣の府県はあっという間に完売してたようで、私が調べた時は、北陸がまだOK。
旅行代金の40%引き、しかも地域クーポンが一人3000円ついているという~

何度も行ってるところではあるけど、車で行けるし、近いし、で。
芦原温泉へ行くことにしました~~

ダンナも、ダンナの車も、バッテリー上がらないうちに行かねばね。

朝もゆっくり目に出て・・・北陸はやはり?曇天・・・



まずは、現存する12天守の一つ、丸岡城へ。
一向一揆への備えとして織田信長の命により柴田勝家が甥の勝豊に築かせました。国の重要文化財。
外観は二層、内部は三層の望楼型天守閣。
石垣は”野づら積み”という古い方式で、すき間が多く粗雑な印象ながら排水がよく大雨で崩れる心配がないとか。



石でできたしゃちほこ。



丸岡城の特徴は、石の瓦を使っていること。
重くなかったでしょうかね。



天守の続くまっすぐの石段も印象的です。



資料館前にあるお庭。
雨が降り出して、ちょっとくすんでるけど紅葉してますね。



そのお庭を見ながら、腹囲名物のおろしそばをいただきました。

一筆啓上日本一短い手紙館というのができていたので、こちらへも。

「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」

徳川家康の功臣で鬼作左の勇名をとどろかせた本多重次が陣中から妻にあてた手紙文です。
用件を簡潔明瞭に伝えた手紙の手本と言われています。
お仙とは後の丸岡藩主、本多成重のこと。

この短い手紙にあやかってできた建物ですね。

ここから向かったのは、千古の家。
前に行った記憶があるんやけど(10年ぐらい前?)かやぶき屋根の古い民家です。
中世末期の建築といわれる(はっきりしてないらしい)豪雪地帯特有の住宅と庭園があります。
重要文化財。

駐車場で、車から降りたら、先客の女性が言いました。

「今日は休みですよ」

えっ!

「紅葉は見えますけどね」



ほんまや~~~



紅葉は確かに、キレイ~
仕方なく、周辺をぶらり。





とりあえず、旅館に向かいますかね・・・

途中で、明智光秀ゆかりのお寺があるらしいというので、寄ってみました。



称念寺。
なんか、明智光秀らしき?人形???があったり、のぼりがあったり。

中に入ると、新田義貞の墓所があるという。
鉄筋コンクリート造の本堂の戸が開いていて、おいでおいでをする人が~~

「土日しか開けてないんですけど、今日はたまたま掃除に来ていて。どうぞ、本堂へお入りください」

個々のご住職らしいのですが・・・
ここからやまのように?お話をしてくださって。

明智光秀が、斉藤道三と義龍の親子の争い(長良川の戦い)の結果、浪人となり、越前国の朝倉義景を頼ってこの称念寺の門前に十年ほど暮らしたのだとか。
住職曰く、「私たちはもっと前から知ってましたけど」
『麒麟が行く』の大河ドラマの時に広く知れ渡って、たくさんの人がこのお寺を訪れるようになったらしいのです。

「せっかくなので?パンフを作ったりしたんですけど(お人形とかのぼりとかもね)
ドラマが始まったらコロナになるし、ドラマが終わると訪れる人もピタっと来なくなって、結局、パンフも余ってしまってねぇ」

なるほど~~~ありがちです。

「来年は徳川家康なんで、こちらでも触れてくれるといいいんですけどね~」

滋賀県から来たというと、このお寺が時宗ということやら、ゆかりのお寺が滋賀にもありますよと、またまたいっぱいお話してくださいました~~



住職に見送られながら?? 芦原温泉へ。



お食事処での夕食。
いっぱい並んでます。

仲居さんも少な目ですね。

「チャッカマンを置いておきますので、ご自分で火をつけてくださいね」

えっ?
セルフですか~??



お肉もあれば



あわびもある~

けども、自分で火をつけるらしい~~(汗)

飲み物は、頼んだら持ってきてくれます。
あと、てんぷらと茶碗蒸しなど、あたたかいものは運んでくれてました。
ご飯とお吸い物とかも。

温泉も、まずまず。
テレビは・・・地上波はNHKとNHKのEテレのほかは2局。
BSは、ちゃんと映ってました!!

朝食はこちら。



朝ご飯も、自分で火をつけていただくものが~



たっぷりの、味噌汁。
朝からおなか一杯。

ちなみに、ひとり3000円の地域クーポン、期間限定なので夕飯時の「お酒代」で賄うことに。
二人分で、6000円あるハズやけど・・・・全部飲み干してました~~(笑)

この日は、まず、瀧谷寺(たきだんじ)から。



南北朝時代の末期、永和元年(1375年)に創建された三国町最古の寺院。



うっそうとした老木の間に、苔むした石畳が続きます。
滑るのでご注意、って言われましたけど。



滑り止めのシートがずっと続いていて、ちょっと興ざめかな??(汗)



本堂。


鐘楼門


観音堂



どれも、重要文化財ですね。



苔がキレイなんですよね~





本堂で御朱印をいただくときにお坊さんに、

「苔がとてもきれいですね」 というと、

「夏場はもうだめかなと思うくらいだったんですけど、なんとか持ち直しました」

そうなんですね~~

さて、次に向かうは、ありきたりですがここまで来たので行こうかと。
あの、2時間ドラマで犯人が犯行を認めるところ・・・あの崖です!!





東尋坊!!
以前ここへ来た時は、多分夏の終わりか秋口で、人は少ないし、お店はシャッターが閉まってて寂しかったのですが、意外に?人が多くて(しかも若い人もいて)ちょっとびっくり。





人がいるので犯行の自供は無理やな(苦笑)
観光船も出てます。
振り返ったら、岩場にカフェが~~



スタバならぬ、イワバカフェ!!

曇ってはいるけど、日本海がしっかり見えます。
名所には違いないですよね~

さて、もう、ぼちぼち帰ろうか・・・ということで、ここから滋賀に向かいます・・・




奈良の大仏様

2019-09-29 23:15:37 | 旅の想い出
今週末は、近畿演観連の総会があって、奈良に行ってました。
ひこね演劇鑑賞会のメンバーとして仲間と参加、近畿の鑑賞会9団体と、
文学座や俳優座、民藝、劇団朋友・・・など創造団体の方と翌日の午前中まで、
演劇鑑賞会の未来に向かって、いろいろな課題を話し合ってきました。

そして、午後は、せっかく奈良に来たんやし~と、
東大寺の大仏様に会ってきました~



大仏殿です。
大きいねぇ~~



正面から。
確かに、外国人は多いです。
でも、京都に比べると少ないですよね~

ニュースによれば、大仏殿周辺の、車の渋滞を緩和するために、
今年の4月から、新しいバスターミナルを整備したようです。
そこでお客さんを降ろしたバスは奈良公園から離れた駐車場に誘導されるとか。
それを嫌うバスが付近の寺社にある駐車場に殺到。
なので、春日大社は、10、11月の土日の、観光バスを受け入れないらしい。
一般参拝者の車が駐車できなからやろうけど、興福寺も制限を設けるとか。

「大仏だけ見にくる人は、来てもらわなくてもいい」

なんて暴言?を知事が言うたとか??? 
すぐに取り消したらしいけど・・・
そうなんですか~???

車の渋滞の緩和対策、どこもあるでしょうけど、
なんとか工夫して欲しいもんですね。



大仏殿をまじかで撮ってました。



大仏様…正式には、盧舎那仏坐像です~
聖武天皇が造らせたそうですが、何度も火事にあったり、
その都度、時の権力者の支援を得て再興されているそうです。



現存の大仏は像の高さ約14.7メートル、基壇の周囲70メートルで、
頭部は江戸時代、体部は大部分が鎌倉時代の補修と言われています。
一部建立当時の天平時代の部分も残っているそうですよ。



後背の後ろ側。



大仏殿を左側から撮影。



中門。
ここからは入れなくて、左側から入ります。
回廊になっているんですけどね。



南大門。
このあたりは、鹿がたくさんいます~



鹿せんべいを欲しいらしく、寄ってくるんですよね~



持ってないときは、ないというふうにするしかないですね。
気がつかないうちに近寄ってきて、カバンの中に鼻をつっこんだり。

鹿せんべいをもったいぶってやらないでいると、
鹿が暴挙に出る場合があるらしいですよ。

鹿せんべいを買った外人さんが、せんべいを持った瞬間に、
鹿が集まってくるんでびっくりして、せんべいを持った手を上にあげて、
走って逃げてましたけど・・・それ、危険ですよ~
追いかけて、ズボンをかじってた鹿がいましたし。
せっかくの鹿せんべい、ちゃんとあげてくださいね。

というわけで、外人さんは多いですね。
仲間と写真を撮ってもらおうと振り向いた事務局長さん、

「え~っ、日本人がいない・・・」

キョロキョロしてたら、外国人の若い女性が近づいてきて、
ジェスチャーで、「スマホのシャッター押しますよ」 とのこと。
事務局長がお得意の?英語で、どこから来たの?と聞くと、
メキシコ、だって~~

親切ですね~
お礼をするのはこちらなのに、なぜか、メキシコの人形を、
事務局長が、もらってはりました~~!

お返ししたいのに、何も持ってなくて・・残念でしたね!

今日は、雨予報やったけど、なかなか良い天気でした。

でも、ホテルからだいぶん歩いたしなぁ~
帰りも、近鉄奈良駅まで、歩いたよね・・・

路線バス、あまり走ってなくて。

奈良って、けっこう不便かも・・・




善光寺まいり

2019-08-15 18:36:21 | 旅の想い出
思った以上に台風のスピードが遅くて、いつ来るのか、
どんだけ雨や風があるのか・・・とりあえず、洗濯竿は下におろして~
備えに越したことはないし。

どうやら、もうすぐ日本海に抜けるらしい。
被害が少ないことを祈ります・・・

さて、信濃路でもう一つ訪れたのが、善光寺です。



山門です。

牛にひかれて善光寺参り・・
遠くとも一度は詣れ善光寺・・・

有名なお寺なのに、行ったことがありませんでした。
1400年の歴史があり、全国から毎年600万人が参詣するという古刹。



こちらが、国宝の本堂。
江戸期に再建されたもので、大きな建物です。

お戒壇巡りができるというので、本堂の右手の赤手すりのある階段を下りると、
とにかく、真っ暗で、何も見えない状態で、内々陣の下の回廊・・つまりご本尊の下を、
ぐるりと一周します・・・・ほんまに、真っ暗!
・・・そういや、清水寺でも入ったような・・・

右手の壁を手で伝いながら一周するんですけど、
「極楽の錠前」を手で触ると極楽浄土が約束されるとか・・されたのかな?

ゆっくりと、いろいろなところを見学すればいいんやけど、
とにかく暑いし・・・そればっかりやけど・・・
御朱印をいただいたりして、ぶらぶら。



仲見世通り。
暑いせいか、人も少な目?

ここで、おそばをいただきました。



野沢菜がついてます。やはり(苦笑)

帰りに南木曾の飯田へ寄りたかったので、
ここから帰路に。

飯田は、10数年前に一度来たことがあって、
以前から、木の笛で知り合ったお友だちがいるところです。
FACEBOOKでお話ししたり、状況を知ったりしてるんですが、
5年前に病に倒れて、生死をさまよったとか。
その後も大きな手術をして、リハビリをして、笛吹も復帰、
現在はお孫さんに囲まれながら、忙しく過ごしているようです。

なので、信州へ行くからにはお会いして来ようと!

飯田インター近くの産直センターの一角でお会いできました!
わざわざ、出向いてくださって!
また、滋賀で、笛吹仲間と一緒に演奏を楽しみたいって!!

ぜひぜひ!

ついでにいろいろお買い物もして、帰宅したのでありました。
私と2歳ぐらいしか違わないと思うんやけど・・・

健康が一番やな~って、思うばかり。

お土産、ありがとうございました!



信濃路へ

2019-08-13 15:23:03 | 旅の想い出
別所温泉から、上田城址へ。
ナビに従って車で行くのですが、比較的近いところです。

上田城址といえば、真田のお城。
真田幸村の父、昌幸が築城した城ですね。
「真田丸」が放映されたときは、かなりにぎわったと思います。
ミーハーな私も、当時に行きたかったです・・・

徳川軍を二度も撃退したといわれる難攻不落の城。
関ヶ原の合戦後破却され、仙石氏が城主の時代に再建されて、
7基の櫓(やぐら)と2基の櫓門が建てられたとか。
明治維新後、西櫓1基を残してそのほかの櫓・櫓門は取り払われたそうです。

城外に移築されていた2基の櫓は後に買い戻され、
現在の南櫓・北櫓は、昭和に再移築されたものだそうです。



東虎口櫓門は、平成6年に復元されたもの。
左に見えるのが南櫓。右側に北櫓があり、それらをつなぐ楼門の上とが、
見学できるようになっていました。

櫓門の手前右側にある石垣に、ひときわ大きな石があり、
これが真田石。 (この上に、北櫓があります)



正面から見ると、かなり大きいです。
高さ約2.5m・幅約3m。。



幸村の兄・真田信之(信幸)が松代城移封にあたり、
父・真田昌幸の形見として持っていこうとしたところ、
微動だにしなかったという言い伝えが残っているそうです。

櫓門をくぐると、正面にあるのが真田神社。



真田氏、仙石氏、松平氏と、歴代の上田城主がご祭神。
御朱印長を持っていくのを忘れたので、書いたものをいただきました。



いろいろなパターンが用意されてたけど、人気あるんかな。



当時のまま現存する西櫓。

移築、復元された南櫓の中に入ってみました。



窓に五円玉が!
真田の旗印、六文銭をもじってますよね。
窓の外は、かつて千曲川支流がお堀の体をなしていた天ヶ淵。
今は駐車場になってます。ブラタモリでやってましたよね~



西櫓越しに見た天ヶ淵。

下から見たかったけど・・・もう、暑くて挫折(汗)

なので、このまま、次の目的地長野市へ。

続きは、また次回・・・



別所温泉

2019-08-12 23:06:49 | 旅の想い出
お盆前に取材1件、原稿二つ・・・
暑いけど、家に引きこもってました。
ほんまに暑いですから~

そして今朝は、お坊さんがお参りに来てくれる日。
毎年12日なんですね・・・檀家数が多いので、そうなったらしいけど、
12日って、お精霊さん、まだ、帰ってきてはらへんのんちゃうん・・・

なので?午後から、お墓参り&お墓そうじに行ってきました。
自宅から車で20分ほど、お寺の墓地にあるんですけどね。
ついでに、実家のお墓も(こちらは近いのですが)そうじしてきました~
・・・・草ボーボーやった~(汗)

とにかく、暑かった~!

さて、信州の旅、続きをアップしてないですね・・・

松本城へ行ったその日、宿泊は別所温泉にしました。
上田城跡へ行きたかったので、近いところということで。

泊まったのは、築150年とかいう老舗の古い木造旅館。
有形登録文化財に選択されているところ、純和風の旅館でした。
じゃらんで予約したんですけどね。

なので、情緒というか雰囲気はありました。
温泉も、なかなか良かったですよ。熱いくらいで。
お風呂の古さは、なんとも、昭和って感じでしたけど~

温泉に入る前に、近くにあるという、北向き観音堂までお散歩。



ご本尊の千手観音が北向きに祀られてるらしい。
縁むずびのご利益があるらしいけど、もう、今さら・・



びっくりしたのは、手水。
お湯が出てるんですよ~~温泉ですがな!
けっこう高いところにあるんやけど、温泉が出てるんやね!



足場のようなものが組まれてますが・・・
盆踊りとかでも、あるんでしょうかね~

翌日は、この近くにあるお寺、2カ所も行ってきました。



こちらは、かやぶき屋根が印象的な、常楽寺。
国の重要文化財の石造多宝塔もありました。



天台宗のお寺で、北向観音の本坊らしいです。

もう一つのお寺、安楽寺。



国宝の八角三重塔。
平安時代前期に創建された禅寺で、八角の三重塔はここだけとか。
恋愛系のパワースポットらしいけど・・・今さらねぇ~

別所温泉は1400年前に開湯したとか。
外湯もあるので、ゆっくり散歩がてらめぐっても良い感じ。
・・・あまりに暑いので、そんな気にもなりませんでしたけど~(苦笑)
信州とて、ちっとも涼しくなかったし~

さて、このあとは、上田城跡・・・はまた次回。



木曽路~松本城

2019-08-08 11:34:14 | 旅の想い出
今年の夫婦円満一泊二日温泉の旅、ダンナの坐骨神経痛や、
私の観劇で多忙?という状況、旅行会社のツアーに申し込んでも、
携行人員に満たなくて中止とか・・そんなこんなで、この、クソ暑い8月に、
涼しいかも知れない?信州へ行ってきました~

むっちゃ暑くて・・・おっちゃんおばちゃんには辛かった・・・



松本城です~
2年半前?ぐらいに、私は冬の松本へ行ったことがあるのですが、
ダンナは初めてです。

「思ったより、小さいな」

ダンナの感想。
確かに、テレビで見るともっと大きいイメージかも。
・・・彦根城より充分大きいですけどね。

五層六階建ての天守は、1593~1594年ごろの築城。
この大きさで、現存するものとしては最古の天守。
豊臣秀吉が徳川家康を監視するために、
家臣、石川数正・康長父子を配し、築城させたとか。



後ろ側から見た松本城。
右が大天守で、左が乾小天守。
白いしっくいと、黒い板壁のコントラストが良いですね。



幅の広い内堀越しに見る天守。
大阪城の石垣や堀と比べると石垣も低いし、
堀も浅そうな感じです。

以前、城郭の番組で、松本城の堀は浅いけれど、
するどく切った竹が無数に打ち込まれていて、
敵が容易に入るのを防いでいる、というてました。
いろいろな防備の仕方があるんですね。



暑い中、やはり観光客は多い・・・舶来の方とか~



黒門(一の門)
昭和に復元された門で、ここをくぐると、かつて本丸があったところで、
そこから、左に天守に向かいます。



正面(本丸跡側)からみた松本城。左が乾小天守。

盆地に建てられた平城ではあるけれど、戦後時代の、
群雄割拠する信濃に建てられた堅牢な城郭です。
平和な江戸期に、左側の月見櫓などが増築されています。



月見櫓の内部。
月見をするための櫓なので、開放的です。
平和な時代だからこその建物ですね。

天守の最上階から見た松本市内。



北側。



東側



南側



西側。

それぞれ、なんのお山が見えているのか・・・チェックしそびれ‥汗



お堀に映った松本城。
ちょっとお空が曇ってますけど。

現存する国宝の城。

明治になっててから売却・破壊の運命にさらされたのを、
市川量造ら地元の有力者の尽力によって買いもどされて難を逃れたとか。

その後、天守が傾いたのを憂いた中学校長の小林有也らにより、
天主保存会が設立されて、明治の大改修が行われたそうです。

遺ってくれてありがとう。





歳の市

2018-12-26 09:56:02 | 旅の想い出
今年に限ったことではないのに、やることが多すぎて、
相変わらず時間が足りない年末・・・大掃除はまだできない。
というか、年賀状もまだ書いてない・・・汗

「筆まめ」ソフトを入れないと住所録が開けられないので、
パソコンを新しくしたときに、「筆まめ」を入れようとしたら、
ないっ! シリアル番号が書いた用紙が、というか箱ごとないっ!!
2014年版のCDはあるのに、シリアル番号がないと入れられない・・・

つまり、またまたソフトを買い直さないといけないことに~(涙)

そして、昨日、やっと、買いに行ってきたわけで・・

遠方の方、いやお近くの方も・・元旦に届かないと思いますが、
どうかご勘弁を~~

そんなこんなで、前回の続きですが・・・

上京して浅草で一泊し、翌日は朝から浅草寺へ。



なんと、浅草寺では、納めの観音・歳の市の初日でした。
江戸期から、江戸っ子は、新年を迎えるための準備を、
この歳の市でしてたらしいんですね。



有名なのが、「羽子板市」。
境内にいくつもの「羽子板」屋さんの露店が並び、
遊びの道具としての羽子板だけでなく、
「押し絵羽子板」という豪華な装飾的な羽子板が販売されるんですね。
女の子が生まれたときのお祝いにも使われるそうですよ。



羽子板は縁起物として親しまれてきたようですが、
歌舞伎の名場面などを押し絵羽子板に描いたのは江戸後期とか。



図柄を布でくるむのですが、絞りの布が使われてたり、豪華で鮮やか。
その年の評判になった歌舞伎の羽子板などは、
その役者のファンの女性が買い求めるという、
ブロマイドのような役目を果たしてきたようです。
大小さまざま、畳1帖ほどの大きさもあるらしい・・・お高いでしょうね!



その名残りのように、今では、その年の話題の人物などが、
押し絵で表されてたりしています。



ドカベンも今年完結。46年続いたそうですが、終わりましたね~
チコちゃん、ぼ~っと生きてるんじゃねぇよ~ 今年の流行語になりました。
なぜか出川さんのも!?



鉄腕アトム、ちびまる子ちゃん、羽生くん、マー君も、ありました!
・・・大谷くんもあったのかな・・・

縁起物なので、小さい羽子板を買いました。



干支の羽子板、1000円。
大きさは人形焼きを参考に~



お願いごともして、御朱印もいただいて・・・



朝のスカイツリーもパチリ。


いつもより早め、お昼過ぎには東京駅へ。

前日は曇りでしたが、この日は青空。

ちょっと期待してたので、富士山を・・・



いつもの富士川で、振り返って撮ったのですが、
連写で撮ったのに、鉄橋が映り込んでしまいました・・・



でも、富士山が見えると、テンションが上がりますね!

良いことがありますよう~に!




秋の姫路城

2018-12-04 23:15:20 | 旅の想い出
仕事が立て込んで、多忙にしてました・・
ありがたいことですが、先に予定を入れてしまってるので、
ついつい、超多忙になってしまうんですね
・・・いつものことやけど(汗)

とりあえず、某チラシも印刷屋さんに無事発注、
できあがったようで、ホッ!

スキマ産業としては、細やかに対応するのがモットー、
あれやこれやと校正が何度も繰り返されて、やっと、でした。
しかも、急ぎやったから、夜中までパソコンを見つめてて。
・・・いつものことやけど(汗)

さて、そんな中で、先週末、急遽、姫路まで行ってきました。
目的は、文化座「三婆」の下見&代替え鑑賞、です。
姉が彦根での上演日に行けないので、代わりに、
近畿演鑑連の他の鑑賞会の例会に行けるので、
今回は、姫路市民劇場さんにお邪魔したんですね。

先日、テレビで、姫路城の紹介をしてて、
たまたま、その番組を見てた姉が、

「姫路城の中に入ったことないねん。外からは見たことあるけど。
 テレビでやってると、行きたくなるわ~」

なんて言うてたので、じゃぁ、姫路城に行こう! と。

つまり、目的はお城ではなくて、演劇なんですけどね!

というか、姫路は、私にとっては特別の街なんですよ。
大好きな俳優さんの出身地であり、ファン友だちと一緒に、
訪れた街だからです~~! もう、8年くらい前、ですかね??
改修前の姫路城へ行ったしねぇ~

ま、それはともかく、改修後の姫路城は2回ぐらい行ったけど、
今回は姉と、訪れてきました~



姫路駅から、まっすぐ正面に姫路城です。



イチョウ並木がすっかり秋色。

ここから、一気に姫路城を~



国宝で、奈良の法隆寺とともに、日本で初の世界文化遺産になったお城。



シラサギが羽を広げたような優美な姿から別名「白鷺城」。
白漆喰総塗籠造りの鮮やかな白の城壁と、
5層7階の大天守と東、西、乾の小天守が
渡櫓で連結された連立式天守が特徴ですね。



現在の天守は、慶長14(1609)年に建てられたもの。
400年以上、第二次世界大戦でも焼かれずに残ったんです。



小天守、四季咲きの桜が咲いてました。







建具が入っていたんですかね~



天守から見た姫路の街並み。



姫路駅方面。
姫路港がこの先にあります。



美術館のある北の方面。



石垣もすごいですね。



この大きさ、圧巻ですよね~



紅葉と相まって、秋らしいです。



この横で、制服姿の中高生が団体で写真をパチリ。

このあと、この近くで昼食。



穴子丼とお吸い物。1080円。

まずまず、ですかね~





豪徳寺から松陰神社へ

2018-11-06 23:52:37 | 旅の想い出
さてさて、豪徳寺へ!



三軒茶屋から、東急世田谷線に乗ります。
ここが出発地点(終点でもある?)の電車です。
三軒茶屋はJR山手線の渋谷駅から、東急田園調布市線で二つ目の駅。
(確認のために、地図で調べましたよ!)

東急世田谷線は、三軒茶屋から豪徳寺を経て、
新宿から出てる京王線下高井戸駅までをつなぐ路線。

豪徳寺へ行くのには、宮の坂という駅で降ります。
(豪徳寺駅まではいかないのね~)



大きな門がありました。
お寺らしくないような・・・

そこを通って歩いていくと、門が見えてきました。



このあたりは武蔵野国で、世田谷城があったそうです。
1480年、世田谷城主の吉良政忠が、伯母で吉良頼高の娘である弘徳院の住まいとして、
「弘徳院」と言う庵を結んだのが豪徳寺の始まりとか。

1633年に世田谷領が彦根藩の管轄となると、
彦根藩主・井伊直孝がこの地にやってきました。

直孝が鷹狩りに出たとき、手招きをする猫に出会い、
誘われるままにやってきたのが、この地の庵。
すると、たちまち天候が急変して雷雨になったのです。
雨に濡れるのを猫が救ってくれただけでなく
和尚の法話を聞くことができたのを喜んだ直孝は、
伽藍などを寄進、井伊家菩提寺としたのでした。

このエピソードから、ひこにゃんが生まれたんですよ!



境内には猫を祀った「招福殿」があって、
お礼参りに招き猫を奉納するそうなんですね。
その数がすごくて、招き猫発祥の地とよばれるほど、
大小さまざまな、たくさんの猫たちがいました。

こんなかんじ・・・圧巻です!

















この写真を撮ろうと外国人の方も多く訪れるようですよ。

豪徳寺では招福猫児(まねぎねこ)と呼ばれていますが、
宗務所で大小さまざまな猫を飼うことができます。



私も小さめのを購入しました。
願いが叶ったからと、お礼に奉納しなくてもいいですよ、
そうおっしゃってましたよ。お寺の奥様かな?

滋賀県から来たというと、すごくありがたがってくださって、

「伊井さんにご縁をいただいて、小さな庵が、
 こうして大きなお寺になることができたんですよ」

NHKの「直虎」のポスターが貼ってあったので、
大河ドラマの頃は、訪れる人も多かったかもね。

「ちょっとお待ちくださいね」

そういって、奥からカレンダーを持ってきてくださいました。
ありがたくいただいてきたのですが、家に帰って開けてみたら、
永平寺のカレンダーでした。
曹洞宗のお寺だからでしょうね~

・・・よく見たら、2018年・・・今年のカレンダーです。
・・・あと2か月しかないけど・・・ありがたくいただきます!



三重塔があり、その奥の方に墓所がありました。
江戸で亡くなった井伊家の藩主や家族が、
葬られているそうですよ。



井伊直弼のお墓もありました(史跡に指定されてるようです)



安政の大獄を断行したために、桜田門外で暗殺されましたね。
彦根にも伊井家の菩提寺があり(清凉寺)直弼のお墓もあったような。

彦根市民ではないけど、滋賀県民として、手を合わせてきました。

さて、豪徳寺を出てから、また世田谷線に乗り、
この沿線に吉田松陰を祀っている神社があるというので、
松陰神社前という駅で降りました。



立派な鳥居。
こちらは新しく建て直したような神社ですよ。



かつてここには長州藩主の別邸があったとか。
安政の大獄で伊井直弼によって刑死した吉田松陰。
4年後、高杉晋作など松陰の門人によって
小塚原の回向院にあった松陰の墓がこの地に改葬されたそうです。



松陰のお墓。

直弼の墓所の豪徳寺と、近いところにあるんですね。

幕末時代、徳川勢により一度破壊されたが、
明治元年に、木戸孝允がこれを修復整備とか。



松陰の像がありました。
松下村塾を模造した建物も建ってましたが、
土日しか開けていないらしい。

今回のミニ観光はここでおしまい。

東京駅へ向かって、お昼ご飯にしました~



ざるそばと天丼のセット。
おいしかったですよ~

そしてデザートは別のお店で~



パフェ、ですね!

つかの間の贅沢・・・これも予定通り?

楽しく過ごしてきました。

帰宅後は・・・その反動のように・・・諸々多忙。

パソコンのこともあるし・・・涙。