暑かったり、寒かったり、雨降ったり・・・
ややこしいお天気が続きましたけど、GWに入りました。
お天気も、良くなってきましたね。風がまだあるねんけど・・・
さて、28日は、またまた兵庫芸術文化センターへ行ってきました!
8日に行った「焼肉ドラゴン」に続く、鄭義信さんの、
戦後三部作の一つ、「たとえば野に咲く花のように」の舞台です。
この作品は、鄭さんの脚本で、鈴木裕美さんの演出。
でも、そこかしこに、鄭さんらしいセリフがあふれていて、
市井でたくましく暮らしている人々が描かれています。
1950年頃の九州のF県のとある港町。
エンパイアダンスホールで働く主人公の真喜は、在日韓国人。
恋人を戦争でなくし・・・でも、第三国人には、
遺骨おろか、戦死の知らせもない。
朝鮮戦争で戦場となった祖国には家族もなく、帰る場所もない。
まさしく、夢も希望もなく過ごしている。
ダンスホール女給仲間の珠代の恋人は、海上保安庁に勤める太一。
鈴子は、真喜の弟淳雨のことが気がかり。
向かいに新しくダンスホール「白い花」が開店した。
ライバル店のオーナーは、顔に戦争で受けたキズがある康夫。
朝鮮戦争の特需で儲けて、ダンスホールも買ったらしい。
同じ目をした真喜を好きに鳴る康夫、そんな康夫の婚約者あかね、
康夫の弟分の直也は、あかねを愛し続けている。
一方通行の四角関係・・・
真喜の弟は、日本に来て憲兵になったらしいけど、
終戦になり、朝鮮人として、そのことが後ろめたいと思っている。
仕事にも就かず、武器の部品を造って大もうけしている工場に、
火炎瓶を投げて、警察に捕まってしまう。
植民地支配のもと、日本のために戦ってきた人々は、
敗戦によって植民地支配から解放されたことで、
日本人でもない、あいまいな立場に立たされ、
何に向かえばいいか、何を目標に生きていけばいいのか、
悩むことになるんですね。
戦勝国人でもなく、敗戦国人でもない「第三国人」・・・
某政治家の発言が問題になったりしたけど、都合良い言葉があるもんやね。
やがて勃発した朝鮮戦争は、在日の人々だけでなく、
後方支援の米軍の基地がある日本の人々にとっても、影響を及ぼし、
海上保安庁の太一は、米軍の指令で、日本海の掃海作業に出発します。
朝鮮半島が分裂したことは、在日の中でも分裂をうみます。
真喜のセリフに、
「今、私らが悩んでることなんて、50年先の子どもらには、
きっと、取るに足らんようなことになってると思う」
そうやろか・・・
終戦後70年を過ぎた今でも、日韓の関係は微妙やけど・・・
真喜が何度も蓄音機で流す曲は、「虹の向こうに」
オーバーザレインボー、です。
「あんた、虹の向こうに、新しい国があると思う?」
真喜が康夫にきいてました。
かたくなに、絶対康夫と別れないと言い切るあかね、
アルコールに走るあかねを、見守るしかない直也。
相手を傷つけるしかない愛し方って、本当にヒリヒリする。
観ていて、イライラするくらい、みんなが不器用で、
時代に翻弄されて、でも、好きという気持ちは純粋で・・・
女性の演出家だからか、登場する女性たちへの目線が優しい。
ラストは、鈴子、珠代、真喜がそれぞれ妊娠。
妊婦が3人でお芋を食べながら語り合うという大円団。
子どもが生まれる、そういう展開だけで、未来が明るくなるね。
何より、夢や希望を失って、何を目標に生きていけばいいんだ、
なんて言うてる男を、現実に引き戻すし。
唯一、顔の傷以上に、戦争で心がキズついている康夫は、
行方がわからないままやけど、でも、真喜は明るい。
女は弱し、されど母は強し。
そうそう、この作品は、ギリシャ悲劇をベースにしたものを、
って、鈴木さんが鄭さんにオーダーして書かれた作品だそうです。
さて、6月に、三作目の「パーマ屋スミレ」が上演されます。
「焼肉ドラゴン」は1970年の頃の大阪郊外。
「たとえばの野に咲く花のように」は1950年頃の九州福岡の港町。
「パーマ屋スミレ」は、上記の作品の間、1960年頃の北九州が舞台。
こちらは、鄭さんの演出です。
ややこしいお天気が続きましたけど、GWに入りました。
お天気も、良くなってきましたね。風がまだあるねんけど・・・
さて、28日は、またまた兵庫芸術文化センターへ行ってきました!
8日に行った「焼肉ドラゴン」に続く、鄭義信さんの、
戦後三部作の一つ、「たとえば野に咲く花のように」の舞台です。
この作品は、鄭さんの脚本で、鈴木裕美さんの演出。
でも、そこかしこに、鄭さんらしいセリフがあふれていて、
市井でたくましく暮らしている人々が描かれています。
1950年頃の九州のF県のとある港町。
エンパイアダンスホールで働く主人公の真喜は、在日韓国人。
恋人を戦争でなくし・・・でも、第三国人には、
遺骨おろか、戦死の知らせもない。
朝鮮戦争で戦場となった祖国には家族もなく、帰る場所もない。
まさしく、夢も希望もなく過ごしている。
ダンスホール女給仲間の珠代の恋人は、海上保安庁に勤める太一。
鈴子は、真喜の弟淳雨のことが気がかり。
向かいに新しくダンスホール「白い花」が開店した。
ライバル店のオーナーは、顔に戦争で受けたキズがある康夫。
朝鮮戦争の特需で儲けて、ダンスホールも買ったらしい。
同じ目をした真喜を好きに鳴る康夫、そんな康夫の婚約者あかね、
康夫の弟分の直也は、あかねを愛し続けている。
一方通行の四角関係・・・
真喜の弟は、日本に来て憲兵になったらしいけど、
終戦になり、朝鮮人として、そのことが後ろめたいと思っている。
仕事にも就かず、武器の部品を造って大もうけしている工場に、
火炎瓶を投げて、警察に捕まってしまう。
植民地支配のもと、日本のために戦ってきた人々は、
敗戦によって植民地支配から解放されたことで、
日本人でもない、あいまいな立場に立たされ、
何に向かえばいいか、何を目標に生きていけばいいのか、
悩むことになるんですね。
戦勝国人でもなく、敗戦国人でもない「第三国人」・・・
某政治家の発言が問題になったりしたけど、都合良い言葉があるもんやね。
やがて勃発した朝鮮戦争は、在日の人々だけでなく、
後方支援の米軍の基地がある日本の人々にとっても、影響を及ぼし、
海上保安庁の太一は、米軍の指令で、日本海の掃海作業に出発します。
朝鮮半島が分裂したことは、在日の中でも分裂をうみます。
真喜のセリフに、
「今、私らが悩んでることなんて、50年先の子どもらには、
きっと、取るに足らんようなことになってると思う」
そうやろか・・・
終戦後70年を過ぎた今でも、日韓の関係は微妙やけど・・・
真喜が何度も蓄音機で流す曲は、「虹の向こうに」
オーバーザレインボー、です。
「あんた、虹の向こうに、新しい国があると思う?」
真喜が康夫にきいてました。
かたくなに、絶対康夫と別れないと言い切るあかね、
アルコールに走るあかねを、見守るしかない直也。
相手を傷つけるしかない愛し方って、本当にヒリヒリする。
観ていて、イライラするくらい、みんなが不器用で、
時代に翻弄されて、でも、好きという気持ちは純粋で・・・
女性の演出家だからか、登場する女性たちへの目線が優しい。
ラストは、鈴子、珠代、真喜がそれぞれ妊娠。
妊婦が3人でお芋を食べながら語り合うという大円団。
子どもが生まれる、そういう展開だけで、未来が明るくなるね。
何より、夢や希望を失って、何を目標に生きていけばいいんだ、
なんて言うてる男を、現実に引き戻すし。
唯一、顔の傷以上に、戦争で心がキズついている康夫は、
行方がわからないままやけど、でも、真喜は明るい。
女は弱し、されど母は強し。
そうそう、この作品は、ギリシャ悲劇をベースにしたものを、
って、鈴木さんが鄭さんにオーダーして書かれた作品だそうです。
さて、6月に、三作目の「パーマ屋スミレ」が上演されます。
「焼肉ドラゴン」は1970年の頃の大阪郊外。
「たとえばの野に咲く花のように」は1950年頃の九州福岡の港町。
「パーマ屋スミレ」は、上記の作品の間、1960年頃の北九州が舞台。
こちらは、鄭さんの演出です。