水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

オフ日

2010年01月12日 | 日々のあれこれ
 昨日のオフ日は、学校で3学期の予習をし、指揮法の講習会に出かけた。
 指揮法教程に基づいて練習曲の1番から教えてもらうという経験を今になってはじめてしている。
 過去に指揮を習ったことがないではないが、それはコンクール前にふりつけをならいに行くという性質のものだったので、基本から教えてもらうのは初めてだ。
 そんなんでよく指揮台に立ってきたなと思われる方もいるかもしれないが、日本の学校教育の部活動は、基本的に素人が素人を教えるという構造で成り立っているものだと開き直って言うしかない。
 だから専門的な知識をもっている人がたまたまある学校の指導につくと、突然その学校のその部が強くなり、その先生が異動になればまたもとにもどっていく。
 ただし専門的知識の有無とは、その部活動を経験してきたかどうかだけではかれるものでもない。
 中高大とその競技をやってきて、それなりに結果を残してきた人であっても、顧問になって必ず成功するとはかぎらない。
 その競技の経験はないものの、自分で勉強して知識を身につけ、大指導者になられる方もいる。
 その差がどこでうまれるかといえば、コミュニケーション力につきる(んじゃないかなあ)。
 いくら立派な選手経験があっても、自分がやってきた練習法のみを金科玉条とし、それについてこれないのは生徒が悪い、自分のやり方に問題はないとしか考えられない人は、やはり部員からそっぽを向かれる。
 経験がなくても、指導者として学んでいこう、よその学校の練習を見に行こう、話を聞いていかしていこうという姿勢がある人は、たぶん部員にも伝わる(はずだと思い、なんとかそれを目指そうとしている)。
 埼玉県の吹奏楽指導者を思いうかべてみると、多くの先生が豊かな経験をもち、さらに勉強もし、そしていろんな方と情報を共有しながら取り組んでいる。
 人とあうのを厭うことは、人としての成長につながらないというのは、どの世界でも同じなのだろう。
 前回の講習に続いて、まず図形をきちんと描きましょうと習った。
 基本をまず身につけてその先にいろんなものがあるのだと。
 いつも生徒さんに教えていることが、自分ではできてないのだと反省する。
 講習を終えてから、東京フィルの演奏会に渋谷のオーチャードホールへ。
 実はオーチャードホールも初体験なのだが、ものすごく立派なホールなのに、なぜこんなに響かないのか耳を疑った。
 一階後方だった座席のせいもあるのだろうが、芸術劇場やすみだトリフォリーにくらべたら、音響的にはものすごく劣るように感じた。
 「アルヴァマー」「三つのジャポニスム」などものすごく魅力的なプログラムだっただけにちょっと残念だった。
 もう一つだけ言わせていただくと、ちょっと全体に商売商売しすぎてたんじゃないかな。「なにわオーケストラル」みたいな吹奏楽へのあふれる喜びが不足ぎみに感じたのは、うますぎるからだろうか。主観にすぎないだろうけど。
 


 
コメント
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