~ 芸術の役割は、問題を解決することではない。むしろ問題を顕在化させる、鮮明化させることにある。by平田オリザ ~
ヤマウチユージ『よろこびのうた』は、老老介護心中とよばれる、ある「事件」を題材に創作された作品だ。ヤマウチ氏が報道で知ったこの「事件」をもとに、コミック一巻分の作品にした。
年老いた夫婦の心中であって、犯罪という意味での「事件」ではないのだが、その中身は衝撃だった。
ともに80歳を越える夫婦。病弱な妻の面倒をみていた夫も、肉体的、精神的に生きることへの執着がなくす状況だったのだろうか、二人は人に迷惑をかけないように閑かに世を去ろうと準備をする。
その周到な計画はメモに残され、何月何日の決行日に向かって何をしたかがわかるという。財産は市に寄付される手はずが整い、亡くなった直後に市役所にその手紙が郵送された。
決行の日は、すでに使われなくなっていた火葬場に二人で入り、焼身自殺をする。十分に白骨化するほどの薪も準備してあった。
積み上げられた薪に囲まれ、向かい合って横たわり、手を繋いでいる老夫婦の姿が、コミックの表表紙に描かれている。読み終わったあとにこれを再度見て、二人の顔に笑みが浮かんでいるのに気づくと、こらえきれなかった。
この年になったからかもしれないが、この老夫婦が不幸なだけとは思えない。何より二人で死ねたこと。そして、死に向かって準備している時期は、それまでの終わりの見えない日常に較べれば、随分前向きにも感じられた時間ではないかと思えるから。
こんな幸せさえ得られない老人は多く、それも決して他人事ではないという現実がある。今は目をそらしているが。なるほど、これは一つの方法かもしれない。
福井県の大野市(マンガでは勝山市設定)での出来事を、このマンガを読むまで知らなかった。作者が想像で創り出した物語は、エンタメ作品としてももちろん完成度が高い。そして創作でありながら、より厳しく現実をつきつけてくる力をもっている。