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ハーモニー 伊藤計劃
「ついに読んでしまったなぁ」というのが正直な感想。すでに亡くなっている著者の長編小説は、「虐殺器官」と本書の2冊だけ。本書を読んでしまうと、彼の新しい小説は未来永劫読むことができなくなる。そう思って読まずに大切に取っておいた本だ。読後の感覚は、もう30年以上前の話になるが、アガサ・クリスティの死後に刊行された「スリーピングマーダー」を読み終えた時のえもいえない寂寥感と似ている。本書は、作品として「虐殺器官」と同じくらい衝撃的であるだけでなく、作者の境遇、「最後の作品」という思い入れもあって、「虐殺」以上に悲しい作品だった。自らの愚かな行為から絶滅の危機に直面し、そこから何とか立ち直った人類が目指した「理想の社会」が描かれている。理想の社会とは、人間1人1人の生命を大切な人類の宝、資源、リソースと考え、すべての価値観を平和と健康を中心に考えるようになった社会だ。論理的に突き詰めていくとそうした社会が何処に行き着くのか、それを著者が病床で考えて考えて考え抜いた答えがここにある。何ともやりきれない。主人公の1人称で語られる形式、文章の途中に挿入されている英文、それらの意味が明らかになる結末を読んで、そこに込められた作者の意図にも心を揺さぶられる。前作と併せた2冊、驚異の傑作だ。(「ハーモニー」 伊藤計劃、早川書房)
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