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怒り(上・下) 吉田修一

冒頭にある殺人事件が記述されていて、その中の犯人がある「漢字1文字」を現場に残す。そこから順番にいくつかの話が立ち上がり、最初のうちは、全くそれぞれの話の関係性が全く見えない。関係のなさそうな話が4つ交互にでてきて、「これがどう最後につながるのだろうか」といぶかしく思いながら読み進めるしかない。ようやく上巻のかなり後の方で、ある一人の人物が別の話の別の人間と同一人物らしいという記述がさらりと出てくる。しかし残りの2つがどのように繋がっていくのかは依然として判らないまま上巻が終わる。ここで一息ついて振り返ると、もしかしたら4つの話は並行して起こっているのではなく、かなり時間的な隔たりがある話が前後しながら書かれているのではないかという気もしてくるし、この話の誰ととこの話の誰が実は一緒の人物なのではないかといったことは、当然ながら考えるのだが、どうもうまくピースが繋がらない。下巻にはいっても、相変わらずそのもやもやした関係がしばらく続き、最後の最後にようやく全体像が明らかになる。最初の犯人が残した1文字がどのような意味を持つのかははっきりとは書かれていないが、全編を通じて書かれているのは、その感じ1文字とは対極にあるものだと判る。「人を信じる」ということがどのようなことなのか、恐ろしい話の中で、その大変さ、大切さがじわりと心にしみてくるような作品だ。(「怒り(上・下)」 吉田修一、中央公論新社)

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