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天国はまだ遠く 瀬尾まいこ

著者の本はこれで4冊目か5冊目だが、これまで読んだ作品のなかでも特に優しさにあふれた作品のような気がする。自殺をするために旅をしてきた主人公が、その地で、優しい人に触れ、自然に触れ、再生のきっかけを掴むという話だが、そんなに追い詰められた人でなくても、大いに共感してしまい、何となく肩の荷をおろしたような軽い気分になるし、ある意味では大変勇気づけられたような気分になる。小品だが、これまでにこんなに柔らかな文章を読んだことはなかったのではないかと思うほどで、読んでいていろいろな物語の設定がほとんど要らないのではないかと思ってしまえるほど、文章だけを追うのが楽しい傑作だと思う。(「天国はまだ遠く」 瀬尾まいこ、新潮文庫)

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フェルメール 静けさの謎を解く 藤田令伊

世界中で人気の高いフェルメールが「静謐の画家」と言われる理由を、感覚的・情緒的な面からではなく、理知的・分析的に迫る本書。著者自身が語るように、かなりニッチなテーマ設定でありながら、色・構図・素材などフェルメールに対する非常に多面的な画家論になっているのは、テーマ設定が適切だったことと著者の努力の成果ということになるだろう。特に、フェルメールにとって「静謐さの追求」と「物語性の排除」が同じ芸術家としての動機から意図的になされたという指摘は、これからのフェルメールを見る目に大きな影響を与える指摘ではないかと感じる。また、フェルメールが生きた時代が「マウンダー極小期」と呼ばれる地球寒冷期だったことが、フェルメールの大きな特徴である「淡い光と霞がかった表現」を生み出したのではないかという仮説も、本書の多面的な分析の真骨頂をを見るようで大変面白かった。(「フェルメール 静けさの謎を解く」 藤田令伊、集英社新書)

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ピエタ 大島真寿美

今年の「本屋大賞ノミネート作品」10冊が発表になったが、既読は5冊。受賞作発表までまだ時間があるので、ゆっくり残りの5冊を楽しむ事ができる。本書は、未読の中の1冊。今年の夏頃に書評で絶賛されていて、しばらく本屋で見つける事ができずにいたのだが、何件も本屋さんを探して少し前にようやく入手できた本だ。ノミネート作品になったことで、苦労しないで入手できるようになるのは良いことだろう。読後の感想は、素晴らしいの一言。最後の1行には思わずジーンときてしまった。作曲家ヴィヴァルディに音楽の薫陶を受けたヴェネチアの孤児院「ピエタ」の娘が、恩師の死後に彼が残した謎の多い1枚の楽譜を捜し求めるという話だが、かつて読んだ書評に「読後の幸福感が稀有な作品」とあったように、何ともいえない心の温まる小説だ。主人公の女性の一人称で書かれているが、その静かな語り口が静かな室内楽のアンサンブル聞いているようで心地よいし、細やかで適切な心理描写も素晴らしい。登場する人物はほとんどが女性で、男性の影は薄い。彼女らそれぞれが誇りを持って強く生きており、それに対する主人公・語り手・作者の温かいまなざしが伝わってくる。著者の本はこれが初めてだが、他の作品をすぐにでも読んでみたいと思わされた1冊だ。(「ピエタ」 大島真寿美、ポプラ社)

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