その女性の名前はショウダミチコ。聖心女子大学を優秀な成績で卒業した美貌の
持ち主。そしてニッシン製粉の社長令嬢。
彼女こそ、現代の「新貴族」の象徴だ。
旧皇族・旧華族出身の家柄ではないが、彼女の両親は共にインテリで尚且つ
商売上手な家族に育った。特にミチコの母は士族の出身。常にりんとしたいでたちと
立ち居振る舞いの見事さには定評があったし、子供達の教育もしっかりしており
まさに「ハイソサエティ」そのものだった。
コイズミの目は丸顔に天然パーマの美しい髪と知性を備えた大きな瞳に釘付けになった。
「日本にこのような女性がいるとは・・・・」
彼女はどこからみても完璧だった。取り寄せた成績表は全部トップ。
山本富士子も叶わないだろう程の美貌とスタイルのよさ。決して派手ではなくけれど
地味ではないセンスのいい服装。立ち居振る舞いの優雅さ。
誰に聞いてみても「ショウダミチコさんは素晴らしい人です」との意見。
人当たりがよく、機転がきき、よく笑う明るい女性・・・もし難があるとすれば、その
完璧さだったろう。
これで学習院出身だったら!なぜに彼女は聖心へ?
松平信子の話を聞いた時から、懸案事項になっていた。学習院のこと。
戦前こそ「皇族の為の学校」として特別な地位を保持してきた学習院。
皇族・華族はみなこの学院で学び、卒業していく。いわばステイタスシンボルだ。
が、戦後はいわゆる「普通の私立学校」としての立場を余儀なくされ、一般の子弟も
入学してくるようになった。
しかし、「学習院」のプライドは戦前と変わらずそこにあったし、今もって
「学習院卒」の肩書きは威力を発揮している。
一方で、偏差値や学校の特色などによって評価が変わっていくのも事実。
聖心女子はキリスト教を中心とした「お嬢様大学」の一つで、学習院とは対角にあった。
その出身者が「お妃候補」として浮上したら・・・・・それを考えるだけで頭痛がする。
しかし、今の世の中、ショウダミチコ嬢以上の人がいるか?
コイズミは自問自答する。
「いや・・・いない」それが答えのすべてだった。
どんな素晴らしい女性でも当の皇太子が気に入らなければどうにもならない。
一度、お会わせしてみよう。それからだ。
コイズミは着々と準備に入った。
場所は軽井沢がいいな。皇太子は毎年夏には学友達と軽井沢でテニスに興じる。
そこに何人かお相手をする女性を滑り込ませて様子を見る。
決して悟られないように・・・・ばれたら計画は頓挫する。
コイズミは極秘に動く事に決めた。宮内庁の側近のごくごく限られた人だけを
使い、計画を決めていく。無論ショウダ家にも本心を悟られてはいけない。
内密に・・・・極秘に・・・・日が近づくにつれて彼の胃は痛くなってきた。
皇后は無邪気に「どこそこの宮家の傍系にこんな娘がいるようよ」などとおっしゃる。
勿論、皇后の推す女性も候補の中には入っているのだが、様々な理由で
「落選」になっている・・・
今時の皇室に嫁ぐ条件とはなんだろうか。
それは第一に「財力」である。
皇室に嫁ぐには、婚約から結婚の儀までとにかく「お金」がかかるのだ。様々な儀式用
の服、小物、嫁入り道具一式、さらに各宮家や親族らへの気遣い、そして妃と
なってからの服装など等、実家に依存しなくてはならない事が多い。
服といっても洋服だけではない、反物から足袋に至るまで全部。それに耐えられる
旧皇族・旧華族は・・・現代では見当たらない。
第2に多産系であること。どんなに素晴らしい女性でも世継ぎが産めなければ
どうしようもない。だから候補の家では何人子供が生まれ男子の割合は、障害の
有無などを徹底的に調べる。
第3に人間性。伝統と格式の中、狭い人間関係の中で生きるには強い心を持った
女性でないといけない。そしてコイズミはさらに自分なりの尺度を加える。
それは「新しい時代にふさわしい女性」「国民から支持される女性」だ。
皇太子妃は新しい時代の象徴になる人でなけれないけない。
そういう意味では、爵位や家柄よりも学習院よりも・・・ショウダミチコ嬢なのだ。
コイズミに間違った点があったとすれば、ここなのである。
血筋に拘らないという点についての判断は間違ってはいなかったかもしれないが
要は「育ちによる価値観」がどうであるかまでは考えに入れなかった。
「腐っても鯛」という言葉があるように、生まれながらの皇族、生まれながらの華族は
たとえ地位が消えても独自の価値観や雰囲気というものをDNAの中に組み込んで
いる。どんなに時代が変わろうともそれだけはどうしようもない。
「人は環境によって変わる」という考え方がある。確かにそれはあるし、大きいだろう。
しかし、根本の根本では持っているDNAがひょいと顔を出すことがあるのだ。
いわば「最後の砦」ともいうべきか。これについてコイズミはかなり甘く考えていたろう。
皇室に嫁げば自然と馴染んでいくに違いない。全ての事は皇后を見本にすれば
必ずや失敗しない。
けれど、「皇族の壁」は意外と厚かった・・・事を知るのはずっとずっと後なのである。