ご日程
両陛下
4月30日・・・天皇陛下 → 認証官任命式
通常業務
5月1日・・・天皇陛下 → 旬祭
5月6日・・・皇后陛下 → ご養蚕の儀
皇嗣家
4月30日・・・佳子内親王 → 第53回なるほど展」受賞作品を見る(オンライン)
皇后が祭祀に出なくなって久しい。もうこれは「公務」のうちにも入らない扱いです。
愛子内親王 豊歓と別れ
6日。愛子内親王は「愛馬」である「豊歓」に別れを告げる為に皇居へ
途中から皇后も参加
「豊歓」号の由来を知らない人もいると思うので。
平成6年、皇太子夫妻がオマーンを訪れた時に馬を見せられました。
中近東の風習では「褒めてはいけない」のだそうです。
なぜなら、褒めるとそれを欲しがっているように思われてしまうので。
しかし、勉強不足だったんでしょうね。
雅子妃がこの馬を褒めてしまったのです。その馬の名前はアハージュ号
当然、このアハージュ号は日本に送られてきました。
その馬の子が「豊歓」号なのです。
貰って来たのが皇太子夫妻だったから「愛子内親王の愛馬」という位置づけなのかもしれませんが、正直、それは違うだろと思います。
皇居の馬は誰のもの?全て天皇のものなんですかね・・・・
という事は、悠仁親王が乗馬をした時は豊歓号以外の馬じゃないといけなかったのでしょうか?
昭和時代、時の皇太子一家は乗馬を楽しんでいましたけど、「〇〇様の愛馬」なんて言われたことはありません。
「愛馬」というのは、そう言われる程に頻繁に乗っている。どこにいくにも一緒。そして常に自分で世話をしていることが条件です。
どの乗馬クラブでも、まず習うのは馬の洗い方、鞍の付け方、そして乗り方です。
愛子内親王は小さい頃から那須どうぶつランドでしたっけ?あそこでよく乗馬をしていたようですが常に引馬でした。自分で乗ることは多分出来ないと思います。
「皇居に馬がいるのになんで?」とよく言われたものです。
そういう育ち方をした愛子内親王にとって「豊歓」号が愛馬とはとても思えないし、またそんなに執着もないんだろうと思います。それゆえの笑顔なんでしょう。
天皇家並びに宮内庁としては、「愛子内親王の露出」の理由付けとしてわざわざ持って来たわけですね。
今上一家と馬と言えば、皇太子一家時代に静養先に馬を運んでいき、事故を起こして死者を出しています。馬を一頭運ぶのにそれこそどれだけお金がかかるか。たった数日の静養の為に馬を運んだという「贅沢」が税金の無駄遣いと言われない事に疑問を感じます。
さて、女性セブンは週刊誌では曖昧にしていた事をネットニュースでは確定かのように報じています。
つまり「解決金は眞子さまが払うと申し出か」ということです。
こういうフェイクニュースというか侮辱というか、権威を傷つけるようなタイトルは今に始まったことではありません。
違うなら違うとその日のうちに否定しなければ「確定」したことになってしまう。
宮内庁が皇嗣家への侮辱を平気で見過ごすのは、それだけ軽んじているからでしょうし、美智子上皇后のようにヒステリックに一々チェックしたりしないからでしょう。
でも、今回もまた今までのような態度を取り続けると眞子さまはよけいに人間不信になるでしょうし、全然守ってくれないご両親への絶望感が募ると思います。
結局ね、結婚を強行しようというのも、小室圭を本当に好きだからというより、これだけのことをやってご両親がどう動くか試している部分もあると思うのです。
殿下が憲法を引き合いに出して「結婚を認める」とおっしゃったとき、眞子様は喜んだでしょうか?
否です。多分・・・
祝うでもなく反対するでもなく「このままでは納采は出来ない」と結婚は認めるけど納采は認められないなどと複雑なことを突き付けられ、余計にお怒りになった可能性はあるでしょう。
その結果が「私にとって必要な選択」文書になっちゃったんですよね。
30にもなるのに子供みたいな・・・と思うでしょうけど、それだけ小さいころから我慢を強いられていたのだと思うと気持ちがわかります。
悠仁親王が生まれてからご両親の視線が甘くなったことにも疑問があったでしょうし。
政府も麻生さんあたりが動かないとダメなんじゃないでしょうかね。