ふくい、Tokyo、ヒロシマ、百島

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

百島プロジェクト

2012年03月09日 | 百伝。
三月下旬から四月上旬・・もうすぐ、桃の花が咲く。

日本一沢山の桃の花が咲く桃源郷のような風景を見渡せる山梨県笛吹市界隈まで、足を伸ばしてみたい気分です。

百島が、桃島だった頃、桃が一面に咲く、桃源郷のような島だったのに違いありません。

百島を、百花の咲く幻想的な想いを、故郷のキャンパスに夢を描いています。

同級生から、「何か、百島プロジェクトを興すならば、協力する」と言われました。

・・はて。

・・さて。

最優先課題は、島外から人を呼び込むこと。

それが、出来る人材が必要であること。

20歳前後・・同級生の保ちゃんの家には、休みとなれば、島外の仲間がやってきて、百島が賑やかになる時代がありました。

そのまま、百島に居ついて、「いつ百島から帰るんだ?」とその家族からの問い合わせがあるほどでした。

その仲間が、次々と男女関係無く仲間を引き連れて、釣りをしたり、泳いだり・・大勢で遊んでいました。

いつのまにやら、県外からも、やって来た状態にもなっていました。

偉いのは、それを受け入れた保ちゃんの御両親でした。

無償で民宿合宿状態を行っているようなものでしたから、大したものです。

ほんとうに感謝、感謝です。

だから、保ちゃんは、親孝行をしなくていけません。

百島で生活をするならば、休耕地を利用するのが一番でしょう。

理想は、農園やら花園で、百島をいっぱいにすることでしょう。

でも、現実的な生活を支えるならば、休耕地を活かして、例えば、リサイクル資源(不要物)の置場、オートバイやらサイクリングの練習場、墓地管理・・NPO法人設立からエネルギー供給ビジネスまで、いろいろとあると思います。

百島プロジェクト・・。

正直、今の小生には、体力、気力がありません。

でも、残りの人生を、百島の同級生たちと楽しく可笑しく、また一緒に遊んでみようという想いはあります。