ふくい、Tokyo、ヒロシマ、百島物語

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

火と水と木と金と土と。

2014年07月19日 | 千伝。
以前、ぼくの親しい友が、「X・トレイル」という新車を買った途端に盗難に遭ったとのこと。

ふつうならば、即、警察に盗難届けを出すでしょう?!

それなのに、彼は、もう東南アジアにでも売られてしまっただろうと思って、警察に届けなかったそうです。

信じ難い話なのですが・・彼は、物欲とか金欲とかに、それほど執着心の無い不可解なのんびりした面を備えています。

その事件から、随分経って、警察から連絡があったそうです。

盗んだ者が、事故を起こしたのでしょう。

車内は、証拠隠滅のため、意図的に、火をつけたかのように消火栓で泡だらけになって放置されていたとか・・犯人の仕業なのでしょう。

勿論、所有名義者の彼は、警察からいろいろと調査と苦情が入ったようです。

・・信州・南木曽から、福井に帰って参りました。

実は、昨日、ぼくは、自分の財布を落として紛失してしまいした。

現金数万円と診察券とポイントカード類だけだったので、「もう戻らない」と思って、警察に届けませんでした。

誰もいない露店風呂にゆったりと入浴・・よい気分転換となりました。



風呂につかりながら、友人が車の盗難に遭っても警察に届けなかったことを思い出していました。

・・その理由が解るのです。

どうせ、警察に届けても「戻らない」という「あきらめ」なのです。

南木曽に、ほんとうに「お金」を落として帰ったと思えばいいではないかと・・。

あきらめの境地というのは、不満や不平や憎悪を忘れさせてくれるのです。

今朝のNHKあさいちのテレビ番組にゲストで出演されていたシスターの渡辺和子さんが、1981年にローマ法王ヨハネ・パウロ2世が広島を訪問された時、「許しなさい」と言った言葉を伝えていました。

相手を許さないと、ずっと相手に対して憎悪という不自由な心にさらされるという深い意味です。

・・余談ですが、法王ヨハネ・パウロ2世の「平和アピール」もここに紹介しておきます。

「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命を奪います。戦争は死そのものです。過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです。ヒロシマを考えることは、核戦争を拒否することです。ヒロシマを考えることは、平和に対しての責任を取ることです」

水に流せれば、それでいいのです。



木曽路を散策すると「ももはな街道」という名のついた散策道がありました。

春先には、桃の花が咲くのでしょうか?

また、一度、訪問したいものです。

さて、10年前の今日・・福井は、たいへんな豪雨に見舞われて、我が家も床下浸水の被害を受けました。

福井のほとんどの方が忘れかけていますが、あの時、どこのどなたか存じませんが、2億円の当選宝くじを我が福井へ送ってくださった方がおられるのです。

その後、福井よりも大きな自然災害に遭った多くの自治体もあり、大変恐縮したものです。

あの二億円という寄進行為は、それ以上の多くの示唆と価値を教えてくれるのです。

あれから、十年。

とりあえず、生きていることに感謝。

生きて、考えて、動けることに感謝しているのです。

振り返れば・・親戚・身内等の者を数えれば、この十年に、十人ほどが、この世を去っています。

人生は「おもちゃ箱」だと言います。

東京おもちゃ美術館館長の多田先生は、「おもちゃ」をアートだと考えない芸術家とアートとして受け入れてくれる芸術家に分かれると言います。

その通りです。

ぼくの視点から観れば、育児も老後も、生き方の芸術です。

アートもデザインもスポーツも音楽もレジャーもレクリエーションも「生き方のおもちゃ道具」です。

食事、排泄、入浴・・これに芸術心、遊び心、自然文化を取り入れたのが「いのちの本質」なのです。

みなさんの人生に、よりよい日差しが届きますように。

今日は、土曜日。

合掌。