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奈良県五條市西吉野町賀名生 ( あのう ) 近辺をうろついてきました。
南朝の隠れ郷、賀名生の梅林も有名です

賀名生皇居跡
延元元年 ( 1336 ) 12月21日、後醍醐天皇は京都花山院脱出 23日阿那宇 ( あのう ) にお着き、ここを皇居とされた。 28日には吉野山に潜幸になっている。 ・・・現地説明版より抜粋
皇居跡から丹生川を渡って東側には幻の五新鉄道跡


幻の五新鉄道跡
奈良県五條市と和歌山県新宮市をつなぐ国鉄五新線は幻となってしまった
その後、国鉄バス ~ 奈良交通バスが走っていたが、現在は跡地が残るのみ

バス停跡横には賀名生梅林の案内板
今は、ほとんど誰も訪れないだろう場所に淋しそうにひっそりと建っている
表示は、西吉野村賀名生観光協会・国鉄バス・五條高校賀名生分校等 ・・・五條市と合併前の 西吉野村当時のものだ

そばには紅梅が咲き始めている
国道168号線から丹生川に架かる橋を渡って ~ 西吉野町屋那瀬地区へ入り ~ 狭い坂道を上って行く、左手=西側 に丹生川・国道168号線・賀名生梅林等が見える
道は狭く対向車が来たらすれ違い不可能だ、来ないことを祈るだけ ~ ~ 無事に見晴らしのいい場所に到着

南を見れば、国道168号線・丹生川・向こうに大日川の梅林が見える

西には、山の上に賀名生梅林

賀名生梅林をもうちょっとズームで大きく

同じく賀名生梅林の上の方、ちょっと撮る場所を変えました

これも賀名生梅林の上の方

西の眼下には、右から国道168号線・丹生川・左の黒っぽい直線が幻の五新鉄道跡
眺めの良い屋那瀬地区からくだって国道へ戻り ~ 皇居跡北側の高台へ向かう、五條高校賀名生分校の跡地で隣接して北畠親房公墳墓がある

賀名生分校跡地グランドの向こうには賀名生梅林

グランド跡地横の苔むした石段を上ると北畠親房公墳墓

北畠親房公墳墓

墳墓の石碑

すぐそばに 五條高等学校賀名生分校趾の石碑
昭和25年 ~ 平成16年 と刻まれている、西暦では1950年から2004年、54年間の歴史も今は校門と草の生えたグランドを残すだけ

すぐ傍には超立派な忠魂碑

忠魂碑のそばから賀名生梅林が見える
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奈良県五條市西吉野町賀名生 ( あのう ) 近辺をうろついてきました。
南朝の隠れ郷、賀名生の梅林も有名です

賀名生皇居跡
延元元年 ( 1336 ) 12月21日、後醍醐天皇は京都花山院脱出 23日阿那宇 ( あのう ) にお着き、ここを皇居とされた。 28日には吉野山に潜幸になっている。 ・・・現地説明版より抜粋
皇居跡から丹生川を渡って東側には幻の五新鉄道跡


幻の五新鉄道跡
奈良県五條市と和歌山県新宮市をつなぐ国鉄五新線は幻となってしまった
その後、国鉄バス ~ 奈良交通バスが走っていたが、現在は跡地が残るのみ

バス停跡横には賀名生梅林の案内板
今は、ほとんど誰も訪れないだろう場所に淋しそうにひっそりと建っている
表示は、西吉野村賀名生観光協会・国鉄バス・五條高校賀名生分校等 ・・・五條市と合併前の 西吉野村当時のものだ

そばには紅梅が咲き始めている
国道168号線から丹生川に架かる橋を渡って ~ 西吉野町屋那瀬地区へ入り ~ 狭い坂道を上って行く、左手=西側 に丹生川・国道168号線・賀名生梅林等が見える
道は狭く対向車が来たらすれ違い不可能だ、来ないことを祈るだけ ~ ~ 無事に見晴らしのいい場所に到着

南を見れば、国道168号線・丹生川・向こうに大日川の梅林が見える

西には、山の上に賀名生梅林

賀名生梅林をもうちょっとズームで大きく

同じく賀名生梅林の上の方、ちょっと撮る場所を変えました

これも賀名生梅林の上の方

西の眼下には、右から国道168号線・丹生川・左の黒っぽい直線が幻の五新鉄道跡
眺めの良い屋那瀬地区からくだって国道へ戻り ~ 皇居跡北側の高台へ向かう、五條高校賀名生分校の跡地で隣接して北畠親房公墳墓がある

賀名生分校跡地グランドの向こうには賀名生梅林

グランド跡地横の苔むした石段を上ると北畠親房公墳墓

北畠親房公墳墓

墳墓の石碑

すぐそばに 五條高等学校賀名生分校趾の石碑
昭和25年 ~ 平成16年 と刻まれている、西暦では1950年から2004年、54年間の歴史も今は校門と草の生えたグランドを残すだけ

すぐ傍には超立派な忠魂碑

忠魂碑のそばから賀名生梅林が見える