中毒には良し悪しがあるんでしょうか、最近は完全にマイルス中毒が進行しています。
本日はこれを――
■Miles In The Sky / Miles Davis (Colmbia / Sony)
マイルスの諸作中、聴かず嫌いナンバーワンは、恐らくこのアルバムでしょう。
なんせマイルスが自分のバンドに始めてエレキギターや電気ピアノを入れたとか、延々と続くロックビート曲があるとか、そんな事ばかりが耳学問で入ってくるのが、この作品の特徴ですからねぇ……。
でも実際、そのとおりですし、昭和40年代の全盛期ジャズ喫茶では困り者の存在でした。しかしこれが、聴いてみると非常に気持ちが良いのです。もっとも、あるひとつの壁を乗り越えなければならないのですが……。
録音は1968年、メンバーはマイルス・デイビス(tp)、ウェイン・ショーター(ts)、ハービー・ハンコック(p,el-p)、ロン・カーター(b)、そしてトニー・ウィリアムス(ds) という黄金のクインテットに、1曲だけジョージ・ベンソン(g) が参加しています。
A-1 Stuff (1968年5月17日録音)
いきなり問題という演奏が、これです。ハービー・ハンコックの電気ピアノの響き、トニー・ウィリアムスのドタバタ系ロックビートに導かれ、マイルスとウェイン・ショーターが煮え切らないテーマ・メロディのリフを延々と繰り返して演奏していきます。
そしてその背後では、リズム隊が定型ビートを保つわけではなく、リズムがずれたり撚れたりしながら演奏が進むのですから、4ビートに慣れ親しんで尚且つロックのリズムを見下しているジャズ者には地獄です。なにしろ、いつまでたってもアドリブ・パートに突入しないのですから!
こんなんロックだぁ! しかもヘタクソな! という激怒から、ジャズ喫茶ではこの曲が鳴り出すと席を立つお客さんが目立ちましたねぇ……。
しかしご安心下さい。6分目あたりから、ようやくマイルスがアドリブを展開してくれます。ただしそれは最初、幾分情けなさを露呈しています。つまりロックのギターソロのような、スカッとするところが無いのです。
ところが演奏が進むにつれて少しずつ情念の爆発が表出するようになり、おぉ、マイルス! カッコイイ! になっていくのですよっ♪
この感覚、最高です。そして続くウェイン・ショーターは最初からその部分を追求していくのですから、これは後に結成するウェザー・リポートへ直結する凄みがあります。
その上、この頃になるとリズム隊がドカドカうるさい部分に加えて独自のグルーヴを生み出していることに気がつかされ、ハッとする快感に怯えてしまうほどです。あぁ、最初の延々とした繰り返しは、このノリを生み出すためのリハーサル的なものだったのかぁ……? という雰囲気に満たされるのでした。
それはハービー・ハンコックのソロパートになって俄然、強烈になります。ただしロン・カーターに迷いが感じられるのは減点です。しかし、まあ、この時代ではこれが限界でしょうか、そのあたりに聴かず嫌いのポイントが潜んでいるような……。ちなみに最後は収拾がつかなくなったロン・カーターが、ストンっと落として締め括る、有名なエンディングが待っています♪
A-2 Paraphernalia (1968年1月16日録音)
この演奏にだけ、ジョージ・ベンソンが参加して、終始、チョンチョンというような単発系のリフを弾いています。それはカッコイイんだか悪いんだか、ちょっと理解しづらいものを含んでいますが、ここでは何となく分かったような気分にさせられます。
実はこの曲ではトニー・ウィリアムスが大爆発しており、私にはジョージ・ベンソンのギターがそれを増幅しているような気がしているのです。
肝心のマイルスは可も無し、不可も無しというような、基本は4ビートの演奏に忠実な出来ですし、ウェイン・ショーターも同様ですが、それが安心感満点で、ジョージ・ベンソンのソロパートを導いていくのです。尤もそれは、残念ながら快演には程遠い出来でした…。
B-1 Black Comedy (1968年5月16日録音)
おぉ、これぞマイルス黄金のクインテット! という演奏です。実は進歩が無いという裏返しでもありますが、マイルスも吹きまくりですし、トニー・ウィリアムスは大爆発、ウェイン・ショーターは理不尽大王的なアドリブソロに終始して、ハービー・ハンコックに受渡し、ロン・カーターが控えめに自己主張しながら上手く締め括るという、まさに王道モダンジャズです。
B-2 Country Son (1968年5月15日録音)
ノッケから激烈なマイルスとトニー・ウィリアムスの対決があります。激情のトランペットの叫びと炸裂するドラムス! これがファンが求めているマイルス黄金のクインテットですね♪
ところがそれは束の間の夢というか、開始から1分ほどでバンドは緩やかなノリに転じ、所謂牧歌調の演奏が始まります。ここは8ビートが主体となり、ウェイン・ショーターが本領発揮のウェザー・リポート風な雰囲気が横溢するのですが、なにしろリズム隊、特にトニー・ウィリアムスの暴れが強烈で、3分目あたりからは再び4ビートの快感に戻っていくあたりが、もう、最高です。うっ、ウェイン・ショーターは素晴らしい♪
そしてハービー・ハンコックは静謐なグルーヴをゴスペル調に変換するという十八番を演じ、快適な4ビートでジャズ者を狂喜させるのでした。
しかし肝心のマイルスは、この頃になると乗り遅れた雰囲気がミエミエとなり、最後には奮闘するのですが、何となくロック出来ない迷いが……。
ということで、これはジャズでもロックでも無い中途半端さが魅力としか言いようがありません。明らかにマイルスの諸作中では不出来な部類に入るのですが、そこがまた、良いんですねぇ♪ つまり物語の結末は聴き手が作って許される雰囲気なんです。もっともその結末や答えは、いつまでも出せないのですが……。