仕事場にもアナログ・プレイヤーを設置したので、本日はこれを聴きました。ストレス発散の1枚です――
■I'm Old Fashioned / 渡辺貞夫 (East Wind)
日本のジャズは猿真似だぁ、というのは悲しい自嘲ではありますが、全くのウソとは言えません。ですから海外の一流メンバーと共演したりすると、そのあたりが露骨に出てしまったり、あるいはコアなマニアは日本のジャズを聴かない傾向が、確かにありました。
特に全盛期ジャズ喫茶では、極一部を除いて、日本人のジャズは鳴らないという闇の掟が存在していました。
しかしそれを無視出来ない状況が1970年代中頃から現れてきます。しかしそれは、日本人ジャズメンの実力がようやく真っ当に評価されるようになったというわけでは無く、日本のレコード会社が海外の豪華メンバーを雇ってアルバムを製作・発売したり、そこへ日本人の人気者を組み込んだりする企業努力があったればこその結果でした。つまり主役の日本人ジャズメンを聴くのでは無く、サイドメンとして参加している海外の一流メンバーの魅力が大きかったのです。
このアルバムはその最たるもので、リーダーの渡辺貞夫は通称ナベサダと呼ばれて、ジャズファンはもちろんのこと、一般音楽ファンにも知られる存在でしたし、そのナベサダが、当時、日本主導で人気が爆発していたオールスターのピアノ・トリオ=グレート・ジャズ・トリオと正統派4ビートの共演盤を出すというので、ジャズマスコミも発売前から煽っていた作品が、本日の1枚です。
録音は1976年5月21日、場所はニューヨークで、メンバーは渡辺貞夫(as,fl)、ハンク・ジョーンズ(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds) という、全くレコード会社の思惑がベタな企画盤なのですが――
A-1 Confirmation
モダンジャズを創生した黒人天才アルトサックス奏者のチャーリー・パーカーが、その真髄を集約して書いたオリジナルに、同じアルトサックス奏者としては、そのチャーリー・パーカー直系のスタイルを持つ渡辺貞夫が、避けては通れない勝負を挑んでいます。
しかもリズム隊が当時人気のグレート・ジャズ・トリオという鬼の3人組ですから、気が抜けません。ここで聴かれる白熱のアップテンポでは、特にトニー・ウィリアムスの暴れが強烈で、哀れ、渡辺貞夫は押され気味……。ただし土俵際で懸命に踏ん張るところがジャズの醍醐味でもあります。
そこへいくと、ハンク・ジョーンズは余裕たっぷりで、これもジャズ的日常のヒトコマと言わんばかりに自然体のビバップ・フレーズを連発しています。これにはトニー・ウィリアムスも若気の至りとしか言えませんね♪ 続いて爆裂ドラムソロを披露するのですが、すぐに渡辺貞夫に斬り込まれてしまうのでした。
A-2 Gary
渡辺貞夫が早世したアメリカのアレンジャー=ゲイリー・マクファーランドに捧げて作曲した哀切のバラードです。
この人は渡辺貞夫が1962年にアメリカへ留学したときからの盟友で、もちろん競演したレコーディングも残されていますが、その音楽性はジャズだけでなく、民族音楽からコアなブルースにまで及び、それを解体再生してお洒落なソフトロックに繋げてしまうという荒業を、全く自然体でこなす天才でした。
ここでの演奏は、せつないテーマを尚一層切々と吹奏する渡辺貞夫のアルトサックスが、その音色、そのフレーズともに心に染み入る名演だと思います。
リズム隊もツボを外さない好演で、ハンク・ジョーンズのピアノは自然体で最高の美メロを生み出す流石のプレイ! ロン・カーターとトニー・ウィリアムスも、ここでは控えめなサポートに徹しているあたりが、逆に底力を感じさせます。
A-3 3:10 Blues
ミディアム・テンポのブルースがグルーヴィに演奏されますが、その原動力はもちろん、グレート・ジャズ・トリオのリズム隊です。
渡辺貞夫は自己のペースでチャーリー・パーカー直系のフレーズを吹き連ね、モダンジャズ王道の楽しさを追求していますが、その後ではロン・カーターの悠々自適のウォーキング・ベースが何とも頼もしい限りですし、トニー・ウィリアムスも場の空気を掴んだサポートに徹しています。
そしてここでも、ハンク・ジョーンズが地味~にビバップの真髄を聴かせており、明らかに他のメンバーを圧倒していることが、繰り返し聴く内にジンワリと染みてくる演奏になっています。
A-4 Episode
渡辺貞夫がワルツテンポで書いたオリジナルですが、リズムとビートはロックやジャズがゴッタ煮状態という、怖ろしい演奏です。もちろんそれはリズム隊が優秀すぎる所為でしょう。
渡辺貞夫はフルートを演奏していますが、背後から襲い掛かってくるビートの嵐に怯えたような必死さが感じられ、全体に緊張感が満ちています。
う~ん、それにしてもトニー・ウィリアムスは暴れていますねぇ。このあたりが当時のジャズ・ファンには賛否両論、もっと穏やかなサポートがあれば名演になったはずという意見が大半だったように記憶していますが、今ではこれで正解だったように、私は思います。
結論はドタバタ!
B-1 I Concentrate On You
モダンジャズ王道のスタンダード曲に果敢に挑戦した渡辺貞夫の勇気に、まず感謝です。テンポもコードチェンジも非常に苦しいのが、聴いていても感じられますし、ここでのトニー・ウィリアムスは鬼のように妥協してくれませんから、演奏は怖ろしい混濁の様相を呈しています。
しかし渡辺貞夫は必死のビバップ・フレーズで対抗し、恐らく日本モダンジャズ創成期に若くして身を投じ、日夜、青春の情熱を燃やしていた頃のような突進ぶりじゃないか!? と思います。
ところが続くハンク・ジョーンズは流石ですねぇ~♪ 全く余裕のプレイで歌心満点のフレーズを軽々と続けていくのです。この力みの無さは名人芸で、バックで力んで暴れるトニー・ウィリアムスは若さを露呈しているあたりが、ジャズの面白さです。
したがって渡辺貞夫がラスト・テーマの変奏に出るところでは、安心感が漂うのでした。
B-2 Chelsea Bridge
これは名演♪ デューク・エリントンの懐刀だったビリー・ストレイホーンが書いた畢生の大名曲を、素直な情感をこめて、じっくりと演奏する渡辺貞夫は、ようやく本調子が出たという雰囲気です。
アドリブ・パートでは、まずハンク・ジョーンズが言う事無しの完璧さ! トニー・ウィリアムスも借りてきた猫のように大人しいのが、微笑ましくもあります。
B-3 I'm Old Fashioned
アルバムタイトル曲の魅惑のテーマ・メロディが、激烈なテンポで演奏されています。渡辺貞夫はビバップ丸出しの吹奏に徹しますが、そのバックではトニー・ウィリアムスが大暴れ、ロン・カーターもグルになって虐めてくるので、この日米対決は渡辺貞夫が完全に押しまくられています。
しかし聴いていての気持ち良さは最高で、プロレスで言えば最強外人チャンピオンに果敢に望む日本人レスラーというところでしょうか、結果云々よりも、試合内容にシビレても許される演奏だと思います。
ちなみに渡辺貞夫のアルトサックスは、ややセンが細いところが、アメリカのジャズ界ではジョン・ハンディ(as,ts) という人にそっくりなので、機会があれば聞き比べてみて下さい。
肝心のこの演奏は、ハンク・ジョーンズがマイペースで若手を捻じ伏せたあと、トニー・ウィリアムスが自己満足の大爆発! ここでのドラムソロは完全にマイルス・デイビスのバンド時代とは異なる、パワーだけのスタイルで、往時のスタイルを期待するファンからは大顰蹙でしたが、ソロの終りを告げる、例の変則3連打はきちんと聴かせてくれたので、納得する他はないでょう。それに、こういうドカドカ煩いスタイルだって、トニー・ウィリアムスだけの快感技ですから!
B-4 One For C / 樹氷のテーマ
渡辺貞夫の素晴らしいメロディ感覚が出た、優しいオリジナルです。しかもここではハンク・ジョーンズの全くのソロピアノで演奏されるという素敵なプレゼントになっています。
あぁ、なんて素晴らしい演奏なんでしょう。これまでのお祭騒ぎが一瞬にして簡素な余韻に転化し、祭の後の虚しさが良い思い出になっていく、なんとも美しき終焉なのでした。
ということで、正直に言うとアルバムとしての出来は、まあまあ……。名盤ではなく、人気盤というところでしょう。
ただしジャズロック~フュージョンの台頭で純正4ビート物が落目になっていた時期に登場したこのアルバムは、ジャズ喫茶では大歓迎でした。もちろんコアなファンからは様々な理由がつけられて酷評されましたが、今となってはそれも懐かしい思い出です。
そして結果はもちろん大ヒツト! 渡辺貞夫はこれで区切りをつけかたかのようにフュージョン路線に突入して「マイ・ディア・ライフ」「カリフォルニア・シャワー」という2大ヒットアルバムを製作していくのです。
ちなみに、このアルバムは過去にCD化もされていますが、出来ればアナログ盤で聴いてみて下さい。そこではとにかく低音域が強烈なパワーで、トニー・ウィリアムスのド迫力のバス・ドラやロン・カーターのグイノリのウッドベースが、怖ろしい勢いで襲いかかってきます。
実はそれが、このアルバムの人気の秘密でもありました。なにせ低音域が強すぎて、家庭のレコードプレイヤーでは針飛び現象が! それゆえにジャズ喫茶の人気盤にも成りえたのです。