またまち大雨で日本中に被害が出ていますね。これからも雨が烈しくなる地域があるとかで、これ以上、被害が広がらないように祈るばかりです。
そして被災された皆様には、心からお見舞い申し上げます。
で、本日の1枚は迫力ブルバン・ライブという、これを――
■秋吉敏子-Lew Tabackin Big Band Live At Newport '77 (BMG)
かつて日本のジャズは大いにバカにされたものです、たったひとりの女性を除いて!
それが秋吉敏子というピアニストです。彼女は大東亜戦争後に大陸から引き揚げて来た後、家族を助けるためにジャズを演奏し始めたのがプロとしてのスタートになったわけですが、クラシックの勉強をみっちり仕込まれていたので、忽ち、当時の最先端であるビバップ、それも黒人系のモダンジャズをこなせる実力を身につけたのです。
そして来日したオスカー・ピータソン(p) との邂逅からヴァーヴ・レコードのオーナーであるノーマン・グランツに認められてレコーディングを行い、さらにアメリカに留学し、世界に羽ばたいていったのですが、いくら実力があっても、本場の水は甘くありません。
本物のジャズを追求するほどに、実際の現場では和服を着せられて「営業」のような仕事ばかりだったようです。もちろん「女」として、また敗戦国である「日本人」としての哀しみや苦しみもあったと言われています。
ただし当時に残された録音は、全てが素晴らしく、モダンジャズの永遠の宝物になっているのも、事実です。しかしそれでも経済的なものも含めた苦境からは脱出できず、ついに1970年代初頭、夫でテナーサックス奏者のルー・タバキンとともに、西海岸に移住するのですが、そこで再びジャズへの情熱を燃やして結成したのが、長年の夢だった自己の作編曲を演奏するビックバンドです。
そしてその成功は、彼女の実力からすれば当たり前かもしれませんが、ビックバンドという存続が難しい形態を思えば、それはほとんど奇跡的でした。なにしろ構成メンバーは西海岸の一流ばかりですし、スタンダードの人気曲を演奏しないバンドに仕事があるわけもないのです。
しかしそこは日本のレコード会社のバックアップとか、新アルバム発表に合わせたプロモーション・ツアーでのライブ等、つまり「営業」では無いステージ活動が、逆に業界で評価されたようです。
もちろんレコードで発売された作品や演奏が素晴らしかったのは、言わずもがなです。当時=1970年代のジャズ喫茶では日本人のレコードは、なかなか鳴らないのが普通でしたが、秋吉敏子のビックバンド物は例外でした。大学のジャズ研とかで演奏している人達からの支持もまた、熱烈でした。
こうして日本のみならず、本場アメリカでも評判になっていた秋吉敏子オーケストラが、世界のジャズの中心地であるニューヨークで演奏した際のライブ盤が、これです。
録音は1977年6月29日、「ニューポート・ジャズ祭・イン・ニューヨーク」のプログラムのひとつとして、リンカーン・センターで行われた演奏を収めています。メンバーは秋吉敏子(p)、ルー・タバキン(ts,fl) をはじめ、ボビー・シュー(tp) やゲイリー・フォスター(as) 等々の名前の通ったジャズメンの他に、常日頃はスタジオ・セッションで活躍する超一流の者ばかりで構成されたビックバンドです――
A-1 Strive For Jave
いきなりアップテンポで吹きまくるルー・タバキンのテナーサックスが、豪快です! この曲は循環コードといって、ジャズではお約束の部分が強いので、調子に乗ればアドリブが止まらないわけですが、ノッケからそこにド迫力のテーマとカッコ良いリフが襲いかかってくるのですから、もうたまりません♪
続くディック・スペンサーのアルトサックスもウルトラ快調で、厳しくアレンジされたアンサンブルと烈しく対峙して爆発するのです。
そのノリは次に登場するリック・カルバーの爆裂トロンボーン、滑らかな歌心を披露するボビー・シューのトランペットにも感染するのですが、ここでの主役は完全にバンド全体のアンサンブルの物凄さです!
あぁ、怖ろしいほどの興奮度ですね♪
A-2 A-10-205932
ルー・タバキンのフルートが大活躍する幻想的な哀愁曲です。この膨らみは木管を多用したアンサンブルに秘密があるのですが、サックス・セクションの構成メンバーは、全員がマルチリード奏者としてフルートやクラリネットまでも完全にこなす実力者揃いですから、これが可能なのです。
そして中盤からは力強いハードバップになって、ボビー・シューのトランペットが見事♪ しかもバックに彩り豊かなアンサンブルがついているので、聴いているうちに包み込まれるような快感があります。
さらに後半にはフルートのソロとアンサンブルが用意されており、全く飽きさせない構成が流石だと思います。
ちなみにタイトルは秋吉敏子の外人居住者番号とのことです。
B-1 Hangin' Loose
秋吉敏子のピアノを中心としたトリオ演奏からスタートしますが、私は彼女のピアノが大好きです♪ 初期はモロにバド・パウエルでしたが、ここではセロニアス・モンクとビル・エバンスの良いとこ取りながら、完全に「敏子節」に昇華されてた雰囲気が憎めません。緩やかなスイング感が素敵です。
そして膨らみのあるバンド・アンサンブルを縫って展開されるルー・タバキンの悠然としたテナーサックス、スティーヴン・ハフステッターの粋なトランペット、さらにディック・スペンサーの自意識過剰なアルトサックスでの泣きというアドリブが続いていくのです。
全体に穏やかな演奏ですが、そのアレンジの厳しさはここでも天下一品! 聴いていてゾクゾクする瞬間が何度も訪れますし、ルー・タバキンの全くコルトレーン色が無い図太いテナー・サックスは、この当時、逆に新鮮でした♪
B-2 Since Perry / Yet Another Tear
そのルー・タバキンが大活躍するのが、この曲です。
ピーター・ドナルドのドラムソロをイントロにして、前半は物凄い勢いでルー・タバンキンが吹きまくり! それはビバップ以前のチュー・ベリー(ts) とかコールマン・ホーキンス(ts) あたりの、いささか古いスタイルを基調にしながらも、モダンジャズ王道のソニー・ロリンズ(ts) の影響も受けた温故知新な魅力に溢れています。
もちろんバンド・アンサンブルも激烈です! 鬼のように吹きまくるルー・タバキンの背後から嵐のように襲い掛かってくるそれは、もう火事場のなんとやら! 豪快で爽快、なおかつ怖ろしいものです。
で、中盤はルー・タバキンの無伴奏ソロ♪ ここではソニー・ロリンズからの影響がモロ出しになりますが、本人はあくまでも自分のグルーヴを大切にしているようです。
そして後半は歌心を追求しつつも、ハードバップ本流のスタイルで大ブロー大会! 息の長いフレーズを一気に吹き通す荒業の連続が凄すぎます!
こうして向かえた終盤は、ムードテナーの世界がたっぷりと♪ 秋吉敏子の流麗なビアノによるバックも効果的ですし、豊かな色彩のバンド・アンサンブルと骨太なテナーサックスが、全くジャズの王道を聴かせてくれるのでした。最後には「ふすすすすすす~」という、サックスならではの「音」がサービスされています♪
という演奏は、全てが驚嘆の拍手で迎えられています。実際、本当にカッコ良いトラックばかりで、聴いていて止められません。
ただしドラムスとベースが少しばかり引っ込んだ録音になっているが残念……。まあ、そのあたりは大音量で聴いて下さいということなんでしょうし、そうやって聴くのがフルバンの魅力でもあります。ジャズ喫茶の人気盤だったことが肯けるのでした。
ちなみに、この時の演奏の残りは続篇の「Ⅱ」というアルバムに収められており、そちらの出来も秀逸です。バンドの気合の入り方も半端ではなく、特に秋吉敏子にしてみれば、本場ニューヨークへの凱旋という意味合いもあったのかもしれません。