■ライブ! / 菅野邦彦ライブ (Nadja / Trio)
A-1 Menica Moca (10月7日:福岡市「ケリー」での録音)
A-2 Wave / 波 (10月8日:熊本市「ソワレ」での録音)
A-3 Sweet And Lovely (10月9日:鹿児島市中央公民館での録音)
B-1 Summertime (10月10日:名瀬市中央公民館での録音)
B-2 For Once In My Life (同上)
B-3 Blues (同上)
菅野邦彦は天才と称賛されるジャズピアニストとして昭和30年代後半から今も元気に活動していますが、しかし一般的なジャズファンにそれが認知されたのは、おそらくは昭和40年代後半になってから、殊更昭和48(1973)年に発売された鈴木勲のリーダー作「ブロー・アップ(Three Blind Mice)」に参加してからだと思います。
実際、このLPは録音が素晴らしいという評価もあってか、当時のジャズ喫茶でも日本人ジャズとしては鳴らされる事が多かったようですし、もちろん収録された演奏もウケた事からジャズ関係の表彰も様々獲得した人気盤となれば、菅野邦彦にも注目が集まるのは当然でしょう。
そして、その流れから以前=昭和43(1968)年に録音&発売されていた菅野邦彦の初リーダーアルバム「フィンガー・ポッピング(takt)」の存在が再確認されながら、現実的には既に廃盤だった事から、直ぐに再発はされたんですが、それまでの間、新たに菅野邦彦に魅了されたファンの渇きを癒してくれたのが、昭和49(1974)年に発売された本日掲載のLPでした。
と、以上は例によってサイケおやじの独断と偏見ではありますが、リアルタイムでは、このライブ盤こそが菅野邦彦の本領に触れた最初の個人的な感慨でして、正直なところ、録音状態は決して素晴らしいとは言い難い状況ではありますが、演奏はジャズの本質に迫る楽しさと粋なフィーリングに溢れているんですねぇ~~ ♪
実はこのLPに収録の演奏はタイトルに偽り無しの生粋のライブであり、しかも発売前年の昭和48(1973)年10月に敢行された自らのレギュラーグループを率いての九州巡業において、地元のファンが非公式に録音した音源から選ばれたトラックが使われたという真相が、なかなか良い方向に作用したとしか思えない仕上がり!?
このあたりの経緯や状況は、当時鹿児島に在住していたらしいジャズ愛好家の中山信一郎氏が付属解説書に詳しく書いており、リアルタイムでの九州地区のジャズを取り巻く環境やファンの熱意等々が今や歴史的資料としても興味深く読めるところでしょう。
そこには菅野邦彦のキャリアや音楽性ばかりではなく、人柄や信念までも身近に感じられるままに書かれていると思えば、このアルバムに収録された各トラックが少なからぬ時間のテープに残された音源の中から選び抜かれた理由にも自ずと納得されると思います。
演奏メンバーは菅野邦彦(p)、本田栄造(b)、高田光比古(ds)、小林庸一(per) というカルテット編成ながら、ライブの現場における熱気さえも自然に捉えられたイイ雰囲気は、録音の良し悪しを問題にしない音楽的な膨らみ(?)がサイケおやじには感じられるほどです。
なにしろA面ド頭に収録されたセツナチズム溢れるボサノバの人気曲「Menica Moca」からして、録音のバランスは決して良好とは言えず、主役である菅野邦彦のピアノが若干引っ込んだ感じではありますが、マイナーキーの原曲メロディーを活かしきったアドリブの歌心やリズム的快楽度は相当にハイテンション ♪♪~♪
続く、これまた有名なボサノバ曲「Wave / 波」がボサノバのリズムじゃ~なくて、チャカポコの4ビートで演じられるのも意表を突くジャズ的なセンスとしか思えないほど、ここでの菅野邦彦は歌心とダイナミックなノリで出色のアドリブを披露していますし、バンドメンバーが一丸となってのグルーヴも好き嫌いはあるにしろ、やっぱり楽しさに満ちています。
いゃ~、このアルバムの中では最長の14分を超える演奏時間が短く感じますねぇ~~ ♪
ですから、付属解説書によれば不調だったとされる鹿児島での「Sweet And Lovely」にしても、それを知らなきゃ~逆に幾分の攻撃的な姿勢が滲んだラフな演奏と感じられますし、その執筆者の中山信一郎氏が何故に「不調」と記したのか、ちょいと興味が……ですよ。
そのあたりは現在まで定説になっているとおり、菅野邦彦のピアノスタイルはエロル・ガーナーやフィニアス・ニューボーンあたりからの影響下に云々という、まさに当時はジャズの主流になっていたマッコイ・タイナーやハービー・ハンコック等々のモード系のイケイケ&思索的なスタイルとは一線を画する「OLD WAVE」であり、実際にアルバム全篇で例の「ビハインド・ザ・ビート」や「両手ユニゾン弾き」という前述した巨匠の秘技が出る場面が確かにありますが、基本姿勢はジャズならではスイング&ドライヴ感を常に大切にしたプレイじゃ~ないでしょうか。
時にはウィントン・ケリーっぽくなるあたりもイイ感じ♪♪~♪
ですから同じ会場で録られた演奏だけで纏められたB面の集中的な楽しさが格別なのはムベなるかな、所謂グルーヴィな味わいも滲ませる「Summertime」、ジャズファン以外にも広く知られているヒットメロディの「For Once In My Life」では前半のスローな展開からテンポアップして盛り上げる後半の楽しさ、そして熱狂の拍手の中で続けて入っていく即興的な「Blues」に至っては、本当にジャズを聴いている快楽が横溢しまくる雰囲気が、たまりません ♪♪~♪
このあたりの感覚は、実は当時の日本のジャズファンの中では賛否両論が確かにあったとサイケおやじは思っているんですが、それは特に長くジャズを聴いているマニア&コレクター諸氏にとっては、シリアスさに欠けると受け取られていたようですし、軽く扱うのが真剣勝負でジャズを鑑賞する態度と決めつけるが如き姿勢が、例えばジャズ喫茶に集うジャズファンの中には少なからずあったと感じています。
まあ、今となってはちょいと信じられない話かもしれませんが、ジャズ喫茶の中には日本人がやっているジャズのレコードは鳴らさない方針の店さえあって、それは日本人と外人じゃ~、リズムやビートの感覚&感性が違うから、極言すれば日本人のジャズは偽物だから聴くだけ野暮とまで決めつけられていた現実が確かにありましたですよ……。
サイケおやじにも、そのあたりの感じは理解出来るところもあります。
しかし、だから日本人が演じるジャズは全部ダサイなぁ~んてこたぁ~~、絶対に無いでしょう。
好きなものは好きっ!
と堂々と言えるのが恥ずかしいとしたら、見栄だけで時には自分じゃ~理解不能なジャズを聴くなんていう時間の浪費と精神衛生の悪化を招く愚行を、ねっ!
菅野邦彦のピアノを楽しむのに、そんな理屈なんて不必要!
それがジャズの本質のひとつだと、殊更このアルバムはサイケおやじに訴えかけてきたんですねぇ~ ♪
告白すれば、リアルタイムの昭和49(1974)年以来、相当長い時間、このアルバムに針を落としていた現実がサイケおやじにはあり、それが平成に元号が代わったある日、ほんの不注意からレコード盤そのものを割ってしまった不覚は痛恨でした……。
それが2年近く前、偶然にもオリジナル盤を知り合いからプレゼントされながら、借りているトランクルームに置きっぱなしにしていたというバチアタリは全くサイケおやじの不明の至り、深い反省と感謝の念を心に刻み、昨夜はこれを自宅に持ち帰り、じっくりと聴きながら拙文をしたためている次第です。
あぁ~~、やっぱり好きなものは好きですよ、特にこの菅野邦彦のライブ盤がっ!
最後になりましたが、冒頭述べたとおり、ここに収録の音源は現地のファンが私的に録音したものですから、製品化するにあたってはトリオレコード関係者のプロの技があってこそだと思います。また、この「Nadja」というレーベルはトリオレコードが立ち上げた自主制作音源を専門とする、つまりはインディーズということだそうで、だからこその自由な雰囲気が横溢した、如何にもジャズらしい作品が世に出たのかもしれません。
それと付属解説書によれば、この巡業中の音源には、まだまだ優れた演奏が残されているらしく、何時かはそれも公にされる事を強く望んでいます。
うむ、もしかしたら以前に発売されたというCDには入っているんでしょうか?
そんなこんなを気にしながら鑑賞するこのアルバムは、ますます楽しさが増幅するのでした。