OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

回る、そして回るBS&T

2012-02-09 13:11:01 | Rock

Spinnig Wheel / Blood, Sweat & Tears (Columbia / CBSソニー)


大衆音楽が急速に多様化した1960年代末から、ひとつのジャンルとして確固たる人気を集めたのが「ブラスロック」で、それは文字通り、ホーンセクションを大きく取り入れたロックなんですが、特筆すべきはレギュラーとしてのバンド形態に堂々と管楽器奏者を加えた大所帯であったことでしょう。

また、それゆえの必然というか、あるいは逆かもしれませんが、様々に進化を辿るロックという雑食性の中にジャズっぽさを取り入れる最も象徴的な手段として、管楽器がイメージ的に有用だった事もあろうかと思います。

そして最初に大成功を果たしたのが、本日ご紹介のシングル曲「Spinnig Wheel」を永遠のスタンダードにしてしまったブラッド・スウェット&ティアーズ=BS&Tです。

まあ、この断定に対し、様々な異論がある事は、サイケおやじも重々承知しています。

それでもBS&Tが築き上げた路程がなければ、後のシカゴチェイス等々の王道ブラスロック路線が人気を集めたか否かは定かではないでしょう。

そしてBS&Tはそのグループとしての成り立ちからして、ニューロックやロックジャズ、ファンキーロックやフュージョンの発展に深く関与している点においても、なかなか興味深いグループで、最初のスタートはアル・クーパーの企画バンドという側面が強かったわけですが……。

それが成功した次の瞬間、肝心のアル・クーパー本人がBS&Tを辞めた、あるいは追い出されたという顛末から、いよいよ次の展開を求められたグループとマネージメントは新メンバーを加えての仕切り直しとして、この「Spinnig Wheel」を含むレコーディングセッションから作られた傑作アルバム「ブラッド・スウェット&ティアーズ」を発表!

見事に1969年のグラミー賞を獲得する大ヒットを成し遂げたのですが、驚くのはプロデュースを担当したのが、直後に同路線で忽ち「王者」と称されるシカゴの仕掛人であるジェームス・ウィリアム・ガルシオなんですねぇ~~~~!?!

このあたりの経緯については両バンドの契約レコード会社が同じという事もありますし、シカゴのデビュー盤を制作する条件として、BS&Tのプロデュースを担当させられたという真相もあるようですが、しかし、そうだったとしても、BS&Tが新規成功したのはプロデューサーの力量以前の真実として、バンド自体の実力と音楽性があればこそ!

ちなみに新生BS&Tはスティーヴ・カッツ(vo,g,hmc)、ジム・フェルダー(b)、ボビー・コロンビー(ds,per,vo)、ディック・ハリガン(tb,key,arr)、フレッド・リプシャス(as,fl,key,arr) という旧メンバーに加え、ディヴィッド・クレイトン・トーマス(vo)、ルー・ソロフ(tp)、チャック・ウィンフィールド(tp)、ジェリー・ハイマン(tb) が新たに入った9人組として、どのような音楽スタイルにも適応可能な布陣になりましたから、ジェームス・ウィリアム・ガルシオのプロデュースにも尚更に力が入ったと思われます。

と言うのも、以前にも書きましたが、ジェームス・ウィリアム・ガルシオは既に「ブラスロック」の可能性については絶対の確信があったはずで、それはバッキンガムズでの一応の成功から新バンドとして売り出す手筈のシカゴへの流れの中で、BS&Tは最高の試金石(?)と言っては贔屓の引き倒しでしょうか。

しかし、とにかくもBS&Tは以前にも増しての成功を収め、人気と実力の双方でトップに君臨するバンドになったのですから、後発のシカゴに結果的に抜かれてしまうのは厳しい現実というわけです。

さて、そこで「Spinnig Wheel」はおそらくBS&Tの持ちネタの中では一番に知られている名曲名演でしょうし、グループの特徴のひとつである広範な音楽性が如何無く発揮され、それはモロにモダンジャズなホーンセクション、ディープなR&B味が濃厚な曲構成とボーカルのパワー、そしてリズムアプローチのハードロック的なグルーヴが見事に混然一体化しています。

実は告白しておくと、サイケおやじが「Spinnig Wheel」を最初に聴いたのは昭和44(1969)年、テレビの某歌番組で和田アキ子が熱くシャウトしていた時であり、ですから誰がオリジナルを歌っているかは知る由も無いまま、これはてっきり黒人R&Bが本家と思い込んでいましたですねぇ。

まあ、それほどハードな黒っぽさが表出する名曲なんですが、これを書いたのはディヴィッド・クレイトン・トーマスですから、実は「パクリ」疑惑も濃厚でありながら、その才能は歌唱力と共に評価されるものと思います。

ということで、個人的にも大好きな「ブラスロック」、さらに「アル・クーパー関連」のキーワードがありますので、絶対に避けてとおれないのがBS&Tという存在で、現実的にもアル・クーパーは、この新生BS&Tの再出発アルバムセッションにも幾つか関係しているのです。

そしてリアルタイムの1970年代前半、BS&Tとシカゴには両派のファンが熱い気持と共に存在し、どっちがイイのか!? なぁ~んていう論争があった事も懐かしい思い出ながら、既に皆様もご存じのとおり、ビジネス面も含めた音楽的な業績に関してはシカゴに軍配が……。

しかしBS&Tの持ち味はシカゴとは似て非なる奥深さ(?)であり、本格的なジャズ者をも納得させる演奏力やアレンジの妙は、おそらく「ブラスロック」の分野に属するグループでは最高峰だと思います。

と同時にディヴィッド・クレイトン・トーマスの良い意味での粗野な歌唱力も、これがR&Bとロックとジャズを融合させるキメ手として、決して侮れません。

ですから、アル・クーパーが完全主導のデビュー作も含めた4枚目までのアルバムは未来永劫の輝きがあり、しかしディヴィッド・クレイトン・トーマスが去り、メンバーチェンジが常態化した以降の作品が急速に影の薄いものに成り下がっていったのは、なにか理不尽な……。

う~ん、何が、あったのか?

そう、思い続けているサイケおやじは、しぶとくBS&Tを、今も聴いているのでした。

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ブルーベック・カルテット人気絶頂時の最期の記録

2012-02-08 14:53:26 | Jazz

Their Last Time Out / The Dave Brubeck Quarter (Columbia / Legacy = CD)

嘗て世界で一番の人気を得ていたモダンジャズのバンドは、1960年代のデイブ・ブルーベック・カルテットに他なりませんが、これは決してサイケおやじの独断と偏見では決してなく、歴史的真実として認めざるをえないと思います。

しかし、そうした人気絶頂がまだまだ続いていた1967年末にグループが解散する事になった時の記録、つまりラストステージのライプ音源が契約レコード会社のコロムビアによって発表されなかったのは、長い間のファンの疑問と失望でありました……。

ところが最近になって、デイブ・ブルーベックが個人的に録音していたその時のプライベートテープが、なんとっ! 本人自宅の物置(?)の中から発見され、ついに最新リマスターを用いての2枚組CDとして世に出たのは大朗報♪♪~♪

録音は1967年12月26日、メンバーはもちろん黄金のカルテットであったポール・デスモンド(as)、デイブ・ブルーベック(p)、ジーン・ライト(b)、ジョー・モレロ(ds) という鉄壁の布陣です。

 ★Disc 1
  01 Introduction
  02 St. Louis Blues
  03 Three To Get Ready
  04 These Foolish Things
  05 Cielito Lindo
  06 La Paloma Azul
  07 Take The“A”Train
  08 Someday My Prince Will Come
 ★Disc 2
  01 Introduction Of The Members Of The Quartet
  02 Swanee River
  03 I'm In A Dancing Mood
  04 You Go To My Head
  05 Set My People Free
  06 For Drummers Only
  07 Take Five

まず結論として、問題の音質面はモノラルミックスで全く普通に聴けるレベルですし、むしろドラムスとベースが前に出た録音は個人的に好ましく、また例によってタテノリ気味のピアノが打撃系として楽しめるあたりも高得点♪♪~♪

ただし、もちろんトラックによっては録音バランスにバラツキもあって、ポール・デスモンドのアルトサックスが妙に引っ込んだパートの幾つかは勿体無いかぎり……。

尤も、それは全体としては僅かですから、上記演目のとおり、「ブルーベックのヒットパレード」の楽しさは保証付きですよ♪♪~♪

そして時代的にも、特にデイブ・ブルーベックのピアノに前衛性が表出していたり、クール&ジェントリーなポール・デスモンドのアルトサックスにしても、所によってはツッコミが鋭すぎる感覚なのは、如何にもライプレコーディングの魅力だと思います。

また、あらためて述べるまでもなく、ジョー・モレロのドラミングが強烈無比の天才性を発揮し、どんなリズム設定をも無視した如くの猛烈なスイング&ドライヴ感は圧巻! 当然ながら用意されたドラムソロのパートは見事な緊張と緩和であり、また伴奏時の臨機応変なタイム感覚も流石の一言でしょう。

で、気になる「ラストステージ」という感慨については、メンバー各々が万感胸に迫る感動の名演、と書きたいところなんですが、あくまでもスピーカーの前のリスナーの感想としては、そうした気合いや気負いは感じられず、むしろ淡々とした中にプロのテクニックとフィーリングを披露した終りなき日常という感じでしょうか。殊更意識過剰にならずとも、充分に稀代のバンドの名演を楽しめる内容のはずです。

ただし、それでもひとつのコンサートステージの流れを収めたという点において、当時のクライマックスであろう終盤に置かれた「Set My People Free」がジーン・ライトのベースソロを主役にしていたり、また続く「For Drummers Only」は曲タイトルどおりにジョー・モレロのドラムソロという企画(?)は、やはり「カルテットの最後」という意思表示なんでしょうかねぇ……。

その意味でオーラスの「Take Five」は言わずもがなの大ヒット曲にして、全てのファンがお待ちかねのはずですっ!

すると、意表を突かれたというか、何時もは演奏の中盤にたっぷり披露されるはずのジョー・モレロのドラムソロが無く、それはこの直前に演じられた「For Drummers Only」から実質的に続く流れの所為なのでしょうか。とにかく皆が大好きな「Take Five」におけるポール・デスモンドとデイブ・ブルーベックのアドリブがさらにたっぷりと聴けるのは素直に嬉しいです♪♪~♪

ということで、再び録音に関しては、これがなかなかに秀逸というか、最新リマスターの技術があるにせよ、ジョー・モレロのドラムスのエッジの鋭さ、ジーン・ライトのペースワークに付随する軋みの響き、そしてデイブ・ブルーベックのピアノタッチの力感という、このカルテットならではガチガチリズムセクションの魅力が唯一無二に楽しめるのは痛快!

ですからポール・デスモンドのアルトサックスが例のソフトな音色で浮遊感溢れる表現に徹していても、実は歌心があるんだか、無いんだか? という個人的な想いを超越した存在感を示すのは当然でしょう。

そして結果的に人気絶頂だったカルテットは解散しても、ほどなくデイブ・ブルーベックは自らの新バンドを結成しますし、ポール・デスモンドも随時、それにゲスト扱いで参加していく実情を鑑みれば、これが「最後」とは言えないわけですが、そのあたりは芸能界の美しい「しきたり」として許容するのが、ファンの役割なのかもしれません。

なによりも今日、こうして「最後の音源」が世に出された以上、繰り言は潔く止めて、このCDを楽しむのが得策だと思っています。

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今に繋がるテルスター

2012-02-07 14:19:56 | Rock

Telstar / The Tornados (London / キング)

最近の音楽流通事情はすっかりネットが主流となり、しかも以前はブートネタだった音源までもがミュージシャン側の主導により、「アーカイヴ」なぁ~んていう大義名分で堂々とDL販売されるんですから、いやはやなんとも……。

しかし、もちろんサイケおやじにしても、例えばストーンズならば「ブリュッセル」や「ハンプトン」はがっちりゲット! ズブズブに楽しんでいるのですから、それらを嘆いているわけでありません。

で、そうした通信手段の発達に伴う音楽的進歩に関しては、やはり1962年に打ち上げられた通信衛星「テルスター」の成功が最初かもしませんねぇ。

なにしろ当時は小学生だったサイケおやじにしても、担任教師の些か興奮気味の解説による未来予測の中に、何れはテレビやラジオで世界中の音楽が一瞬にして入手出来る云々という部分も含めて、それはかなり記憶しているほどなんですが、なるほど、今日の音楽ネット流通が予言されていたのかっ!?

という感慨も深いわけです。

そして、これも当然と言えばミもフタもありませんが、所謂便乗商法として登場し、見事に大ヒットしたのが、トルナドースというイギリスのバンドが演じた本日ご紹介のエレキインスト曲「Telstar」で、そのイントロのミステリアスな混濁が解放されていくメインのメロディの気持良さは、これぞっ! 宇宙時代のSFロックという狙いが達成されているようです。

しかし告白すれば、サイケおやじが「Telstar」に親しんだのはベンチャーズによるカパーバージョンであって、そちらは前述した「混濁」の部分をスッキリとしたオルガンサウンドによって表現しているところが、別の意味で実に爽快な仕上がりでした。

ですから、実はそれによってトルナドースのオリジナルバージョンがど~しても聴きたくなり、後追いの中古盤としてゲットしたのが掲載のブツというわけですし、基本的な構成は同じながら、ベンチャーズのバージョンよりは相当に作り込まれた全体のサウンドは、後のサイケデリックロックにさえ繋がる魅力を感じましたですねぇ~♪

う~ん、これはっ!?!

そこで自分なりに調べてみると、浮かび上がってきたのが、この楽曲の作者であり、オリジナルバージョンをプロデュースしたジョー・ミークという偉人の存在です。

ご存じのとおり、ジョー・ミークは音楽業界に入る前は軍隊でレーダー係として勤務していたとか、少年時代からラジオや各種電気関係の機械に興味を抱いていたとか、さらにはロンドンの音楽スタジオで録音エンジニアとして働いた後、自ら小さなレコード会社を設立した時にも、メロディや歌詞が優先される楽曲よりは、それに付随する効果音も含む「サウンドの面白さ」を追求したかったと言われるほど、なんとかと紙一重の結果論的天才を発揮していたようです。

とすれば、このトルナドースの「Telstar」に顕著な、どんなキーボード(?)で弾かれたのか? 真相不明とも思える導入部のサウンドや異次元の密度を感じさせる全体の構成、それとは正反対の澄んだギターの音色といった、なかなか斬新な印象は用意周到な成功例なのでしょう。

ちなみに肝心のトルナドースはアラン・キャディ(g)、ジョージ・ベラミー(g)、ロジャー・ラ・ヴァーン(key)、ハインツ・バート(b)、クレム・カッティーニ(ds) という5人組なんですが、しかしこのスタジオレコーディングされた「Telstar」が果たして、このメンツで演じられたのかは些かの疑問符が付くように思います。

つまり、それほど凝った「造り」ゆえに、以降のトルナドースはメンバーの離散集合を経て落ち目になっていった歴史も否定出来ませんし、反対にプロデューサーのジョー・ミークは既に故人ながらも世界中で信奉者を増やしつつ、今日ではポップスの巨匠としての評価も決定的!?

そのあたりについては、様々に出回っている音源集で確認も可能ですし、個人的にも嗜好性はジャストミートしている事を踏まえ、もしもPCで音楽を楽しむ事が主流となった現代にジョー・ミークが存命ならば、どのように素敵なサウンドを提供してくれるのか?

そんな妄想と願望が捨てきれないのでした。

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意気消沈

2012-02-06 15:05:31 | Weblog

例によって出張中ですが……。

自らの操作ミスにより、これまでのプログ掲載予定稿を消失させてしまいました。

つまりストックが全滅、情けない……。

まあ、運気が落ちている最近のサイケおやじにすれば、当然の帰結と覚悟は決めました。

もう一度、気合を入れ直し、やるしかないのでしょう。

でも、正直、凹んでます。

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白昼の襲撃で突破せよ!

2012-02-05 15:45:51 | Jazz

■白昼の襲撃 Original Sound Track / 日野晧正 (東宝 / disk UNION = CD)

もちろん、今でもそうですが、しかし昭和40年代前半から数年間の日野晧正のカッコ良さは群を抜いていました。

なにしろ当時は大ブームだったGSの人気グループと遜色無いスタアバンドとして、日野晧正クインテットはライプステージの現場でも、またテレビ出演時でさえも、女性ファンの嬌声に包まれていましたし、その音楽性も最先端のモダンジャズを基調としながら、決して難解な頭でっかちでは無い、まさに直観的な快楽性が満載!

で、本日のご紹介は、そうしたリアルタイムの日野晧正を堪能出来る驚異の発掘音源集として、自らのクインテットを率いて担当した東宝映画「白昼の襲撃(昭和45年・西村潔監督)」から、正真正銘のフィルムサウンドトラックです♪♪~♪

 01 タイトルバック
 02 オン・ザ・コーナー (スネイク・ヒップ)
 03 スーパーマーケット
 04 海
 05 ピストル
 06 電話
 07 タクシー
 08 足音
 09 ブルース
 10 仲間
 11 桟橋のトランペット
 12 深夜の街
 13 ジョニーの船
 14 ゲッタウェイ

演奏メンバーは日野晧正(tp)、村岡建(ts,fl)、鈴木宏昌(p,el-p)、稲葉国光(b,el-b)、日野元彦(ds) という、これは既に述べたとおり、この音源が録られた昭和44(1969)年当時の日野晧正クインテットではレギュラーだった面々であり、人気名盤アルバム「ハイノロジー」を作り上げた頃ですから、その纏まりと緊張と緩和の妙は言わずもがな、予め書かれたであろうスコアと即興演奏主義のバランスも秀逸ですよ。

ちなみに音楽性の基本となっているのは、所謂エレクトリック期のマイルス・デイビスがリアルタイムで鋭意推進していたスタイルに多くを準拠していますが、しかし随所に溢れる歌謡曲っぽいメロディ展開も含めた哀愁、あるいは調子の良さ、さらに如何にも「Like Miles」な描写の濃さは、好きな人にはたまらない世界でしょう。

それは冒頭「タイトルバック」から無伴奏でじっくりと聞かせてくれる日野晧正のトランペットが時には「死刑台」になったり、「My Funny」に接近したりする稚気こそがジャズ者には絶対に嬉しいはずで、これをバカにするツッパリなんて愚の骨頂!

素直に聴いて、楽しまなきゃ~、勿体無いですよねぇ~♪

サイケおやじは、そう断言するんですが、何故ならば、このパートが終わった次の瞬間、ドッカァ~~ンッと炸裂する「オン・ザ・コーナー (スネイク・ヒップ)」導入部のインパクトは絶大のカッコ良さ!

「タイトルバック」での思わせぶりが一転、文字どおりヒップなロックジャズを満喫出来ますが、ご存じのとおり、この曲は同時期に発売されたヒットシングル「スネイク・ヒップ」の別テイク&ロングバージョンであり、何よりも低い重心でファンキーなビートを叩き出す日野元彦のドラミングがあればこそ、エレキベースやフェンダーローズの存在感も大きな魅力になっていると思いますし、日野晧正や村岡建のアドリブも心置きなく聴けますから、ぜひとも前述したシングルバージョンとの聴き比べも楽しいところ♪♪~♪



ちなみにそれはリアルタイムでも相当に売れたらしく、サイケおやじは後追いで中古をゲットした時にも発見は容易でしたし、現在ではCD再発された「ハイノロジー」のボーナストラックにもなっていますから、その人気は不滅の証明です。

そして続く「スーパーマーケット」も、実は件のシングル盤B面に「白昼の襲撃のテーマ」として収録の曲と同じメロディ&リフを使った、これまた所謂別テイク! 躍動的なロックジャズのビート感も最高ですが、注目すべきは日野晧正のトランペットに電気的な処理が加えられ、オクターバーを使用したかのような低音と高音に分離した音の流れが、これはこれで気持良いはずで、リアルタイムではナット・アダレイ等々も好んで使っていた手法でした。

しかし、これに反感を覚えるジャズ者が少なからず存在しているのも、また事実……。そこでシングル盤のバージョンではストレートなトランペットサウンドがメインで用いられているのかもしれません。

また、あくまでもモダンジャズ専任主義の日野晧正を堪能したければ、新主流派どっぷりの「海」、如何にもの「ブルース」、ヒノテル十八番の「Alone, Alone And Alone」と似て非なる「仲間」、これまた「死刑台」な「桟橋のトランペット」や「深夜の街」、ハードボイルドな「ジョニーの船」あたりの4ビート演奏が、いずれも断片的な短さではありますが、なかなかの濃い密度ですよ。

そして決定版となるのが、オーラスの「ゲッタウェイ」で、なんとっ! 12分超繰り広げられるバリバリの先鋭モダンジャズ! じっくり構えたスタートから演奏がジワジワと盛り上がっていく展開は、時にはフリーに接近する場面も交えつつ、しかしナチュラルなモダンジャズの醍醐味が徹底追及されるんですから、たまりません♪♪~♪

と同時に、この音源集には「イン・ナ・サイレントウェイ」の強い影響をモロ出しにした「ピストル」、ソウルジャズの「電話」、R&B歌謡な「足音」という快楽性の強いトラックも入っているところが、これまたグッと惹きつけられるポイントでしょうか。サイケおやじは正直に好きだと言えます。

ということで、これは久々に血が騒いだ発掘音源集でした。

ちなみに音質は元ソースの劣化を上手くリマスター処理してあると思いますが、気になるのはステレオのミックスが右と左に泣き分かれ……。ど~せなら、モノラルミックスでも良かったと思えます。

また既に述べたとおり、各トラックの中には断片的な演奏になっているパートもありますので、そのあたりを許容出来るか否かは、それこそ十人十色の感性でしょうか。

最後になりましたが、肝心の映画「白昼の襲撃」は主演の黒沢年雄ならではの、幾分「しつっこい」青春の焦燥と情熱がイメージ的に重ねられた作品だと、個人的には思います。

ただし、これは今から遥か昔、名画座で唯1回だけ鑑賞した時の印象ですから、サイケおやじの現在の心境や観点からはズレているはずです。

しかしオフィシャルではソフト化されていない現状を鑑みて、クールビューティだった高橋紀子、尖がった岸田森、何時もながらの存在感を発揮する緑魔子……、そうした出演者達のきっちりした芝居は、劇中にもちょいと写る日野晧正クインテットの演奏にジャストミート! 

というか、本当は逆なのかもしれませんが、そう思わざるをえないほど、この劇伴サントラはカッコ良くて、シビレるんですよねぇ~♪

最近は完全な煮詰まり状況のサイケおやじにとって、突破口を見出すとすれば、この「白昼の襲撃」は必需品というわけです。

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 こんな仕事はっ!

2012-02-04 14:55:04 | Weblog

もう、辞めてやるっ!

そう、叫びたい心境ですが、実際には出来ない自分のフヌケぶりが哀しいですよ……。

心の叫び、見苦しいザマばっかりで申し訳ございません。

明日はなんとか……。

 

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束の間の…

2012-02-03 15:41:20 | Weblog

午前中から断続的に結論の出来ない会議中であります。

で、今はちょいと休憩中なんですが、各方面から仕事関係の連絡が頻発し……。

正直、やってらんねぇ~なぁ~~。

最近は議場から無断退席して国会を混乱させた防衛大臣が問題になっていますが、あれを堂々とやってしまう神経が羨ましいですよ。

ということで、本日の1枚はまたまた休載で、申し訳ございません。

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言い訳御免のリンゴのテーマ

2012-02-02 16:00:14 | Beatles

リンゴのテーマ (こいつ) / George Martin Orchestra (United Artists / 東芝オデオン)

今更ながら、こういうレコードは出会った時にしか買えないと思います。

ちょっと高かったんですが、それを言い訳にしている事がミエミエだとしても、ど~せ、あの世まではお金を持っていくことが出来ませんからねぇ……。

なぁ~んだ、まだ、言い訳していやがんのかっ!

という声がはっきりと聞こえます。

もちろん内容はビートルズ関連ですが、なにもジャケ写どおりにリンゴ・スターが歌っているわけじゃなくて、ビートルズ初の主演映画「ビートルズがやって来るヤァ! ヤァ! ヤァ! / A Hard Days Night」で使われていたジョージ・マーティン楽団の演奏によるインストの挿入歌で、楽曲そのものは「This Boy」というのが真相です。

しかも、ご存じのとおり、オリジナルレコーディングアルバムとしての「ビートルズがやって来るヤァ! ヤァ! ヤァ! / A Hard Days Night」は、イギリスではビートルズによる歌と演奏ばっかりを収めたものだったのに対し、アメリカではあくまでも映画としての「ビートルズがやって来るヤァ! ヤァ! ヤァ! / A Hard Days Night」が優先され、それゆえに同名アルバムは映画のサウンドトラック盤扱いでしたから、必然的にビートルズが歌も演奏も聞かせてくれないトラックがあり、そのシングル盤はそこからのカットでした。

つまりピュアなビートルズファンには必要の無いブツなんですが、しかし、このジャケットを見てしまえば、欲しくなるのがファンの宿業でもあり、未だ物欲が切れていないサイケおやじ本人の生命力を自覚出来るというわけです。

ということで、散々な言い訳に終始してしまい、額に汗が滲みます。

失礼致しました。

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この素晴らしきデル・シャノン

2012-02-01 15:59:44 | Pops

悲しき街角 / Del Shannon (Big Top / 日本ビクター)

洋楽の邦題でひとつの定番なのが「悲しき~」というフレーズでしょう。

なにしろ、これを付ければ、ちょいとマイナースケールがキメになっている楽曲の大部分は歌詞の中身が分からずとも、日本人の琴線に触れること請け合いであって、中でも本日ご紹介の「悲しき街角 / Runaway」は代表選手かもしれません。

もちろん素敵な曲メロには絶妙の「泣き」が含まれていますし、サビから滲んでくる不思議な不条理感は秀逸の極みとあって、これがアメリカではチャートのトップに輝いた1961年以降、世界各国で同様のヒットを記録すると同時に、カパーバージョンも数多吹き込まれているわけですが、我国においては飯田久彦の日本語バージョンが邦題「悲しき街角」を完全に意識した訳詩で、しかもメロドラマチックに歌われたのは大正解!?

しかし誰もが一度は耳にしたであろう原曲メロディ、そしてデル・シャノンのロケンロールな裏声遣い、さらにはイントロの如何にもオールディズなギターや間奏の覚え易いオルガンソロのフレーズは、それらがあってこそのオリジナルバージョン大ヒットの要件だと思います。

さらに、これは我国だけの親しまれ方なんでしょうが、デル・シャノンは「悲しき街角 / Runaway」が大当たりした事のより、以降の日本発売曲には「~の街角」という邦題が必須となって、当時は「街角男」とまで呼ばれていたとか!?

う~ん、確かに原題「Hats Off To Larry」を「花咲く街角」とした他にも「さらば街角 / So Long Baby」「恋する街角 / Give Her Lots Of Lovin'」「街角のプレイガール / Little Town Flirt」「さすらいの街角 / Stranger In Town」等々、思いつくだけでも、これだけ続くという事は、如何に「悲しき街角 / Runaway」のインパクトが大きかったか!?

その証明でしょうねぇ~~~♪

実際、今でも我国のテレビや企画ライプでのオールディズショウにおいても、とにかく「悲しき街角 / Runaway」が出ないと収まらないほどですし、夏のビアガーデン等々で稼ぐセミプロ&アマチュアバンドにしても、これが必須演目なのは言わずもがなです。

しかしデル・シャノンは決して「街角」だけの歌手ではなく、この「悲しき街角 / Runaway」でも極めて顕著な曲作りの才能も素晴らしく、また後年はプロデューサーとしても裏方でしぶとく活動していたそうですが、そうした目の光らせ方が最も明らかにされているのは、アメリカで最初にビートルズを認めたというか、その紹介するが如き働きとして、1963年に「From Me To You」をカパーし、ビートルズよりも早くヒットチャートに送り込んだ歴史は侮れません。。

この経緯には「悲しき街角 / Runaway」の大ヒット以降、世界的な人気を獲得したデル・シャノンがイギリスに巡業し、ビートルズと同じ会場を回っていた事がきっかけだったそうですが、それにしても様々な事情を知るにつけ、当時はアメリカの業界人の多くがビートルズはアメリカ向けでは無いと判断していた1963年当時、敢然とレノン&マッカートニーのオリジナル曲を歌ってしまう英断は、単なる気紛れ、あるいはマグレとは言えないんじゃないでしょうか?

また同様にジョージ・ハリスンやボブ・ディランとの繋がり等々も深~いものがあって、今回はあえて書きませんが、デル・シャノンは決して「街角」だけのミュージシャンでは無いと思っています。

いや、むしろ、それだけと決めつけられる事が、文字通り「悲しき」ですよねっ!

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