見ぬふり S・Yさんの作品です
がん検診に行った。検査センターなので様々の会社の健康診断の人々で混雑している。中にはどんな職業だろうと首を傾げたくなるような、大柄で強面の態度の大きいオジサンもいる。目を合わせないように遠巻きに眺めていたら、思わず噴き出してしまった。見た目怖いこのオジサンが、ピンクの制服が似合う若いナースの指示に、はい、はい、と実に素直に小学生のように受け答えしているのだ。こういう人に限って注射とかが怖いのだろうなと、勝手に想像が膨らんでしまう。
失礼の無いように見ぬふりをしながら、ついつい人間観察をしてしまう悪い癖のある私。そういう私もどこかで誰かに観察されているのかもしれないが。
そういえば見ぬふりをするで思い出したことがある。
私は日頃から困った人には出来る範囲で手助けをし、正義感はまあまああると思っていたが、それでもまだまだだなあと最近痛感したことがあった。
ある日のプールでのできごと。三十年もブランクがあって始めた水泳は思うようには泳げない。当然、私はフリーコース(自由練習ができる)専用だ。日によっては午後三時くらいから小学生が来る。決まって数人で来るのでフリーコースでふざけて遊び始める。泳ぐ練習をしている私たちのような人は非常に迷惑するのだが、監視員は一切注意をしない。フリーコースだから何をしてもいいということなのか。釈然としないまま我慢をしていると、年配の女性が「あんたたち、プールに来たんだから泳ぎなさいよ」と注意をした。確かに今日の小学校高学年の女の子たちは悪ふざけが過ぎていた。六人ほどいた女子は一斉にプールから出て行った。しばらくしてシャワー室に行くとこの女子たちがシャワーを占領して遊んでいる。待っていると、奥の一つだけがカーテンが開き、太った中年のオバサンが私を手招きし、「早くここ使いなさい」と譲ってくれた。
シャワーを済ませてロッカールームへ行くと、今度は更衣室を占領している。と、一人の女の子がみんなの水着やタオルを受け取っては洗い、脱水機とのあいだを走り回っている。私はしかたなくロッカーの前で着替えを始めた。その途端「いいかげんにしなさいよ!」怒鳴り声が部屋中に響いた。さっきの太ったオバサンだ。驚いて更衣室から顔を出した子たちに「あんたら、この子に何もかもやらせて楽しいのかい? 自分の水着は自分で洗いなよ!」すごい剣幕だ。更衣室から出てきた子たちはみな着替えが済み、我先に出て行ってしまった。残された一人の女の子はまだ濡れた水着のままだ。オバサンの話ではどうやらこの子はずうっと苛められていたようだ。「あんたねえ、世界は広いからね。意地悪いやつもいるけど、いい人もいっぱいいるからね。負けるんじゃないよ」そう女の子に話しかけている。可愛い女の子だった。私も「大丈夫?」と声をかけると「はい」とにっこりしたが、後ろを向いたときベソをかいたのがわかった。さっきの子らに仕返しされないかなと不安になる。苛めに気づいたとして、私は見て見ぬふりはしない。だが、あのオバサンのように子どもたちを叱ることができるだろうか。
がん検診に行った。検査センターなので様々の会社の健康診断の人々で混雑している。中にはどんな職業だろうと首を傾げたくなるような、大柄で強面の態度の大きいオジサンもいる。目を合わせないように遠巻きに眺めていたら、思わず噴き出してしまった。見た目怖いこのオジサンが、ピンクの制服が似合う若いナースの指示に、はい、はい、と実に素直に小学生のように受け答えしているのだ。こういう人に限って注射とかが怖いのだろうなと、勝手に想像が膨らんでしまう。
失礼の無いように見ぬふりをしながら、ついつい人間観察をしてしまう悪い癖のある私。そういう私もどこかで誰かに観察されているのかもしれないが。
そういえば見ぬふりをするで思い出したことがある。
私は日頃から困った人には出来る範囲で手助けをし、正義感はまあまああると思っていたが、それでもまだまだだなあと最近痛感したことがあった。
ある日のプールでのできごと。三十年もブランクがあって始めた水泳は思うようには泳げない。当然、私はフリーコース(自由練習ができる)専用だ。日によっては午後三時くらいから小学生が来る。決まって数人で来るのでフリーコースでふざけて遊び始める。泳ぐ練習をしている私たちのような人は非常に迷惑するのだが、監視員は一切注意をしない。フリーコースだから何をしてもいいということなのか。釈然としないまま我慢をしていると、年配の女性が「あんたたち、プールに来たんだから泳ぎなさいよ」と注意をした。確かに今日の小学校高学年の女の子たちは悪ふざけが過ぎていた。六人ほどいた女子は一斉にプールから出て行った。しばらくしてシャワー室に行くとこの女子たちがシャワーを占領して遊んでいる。待っていると、奥の一つだけがカーテンが開き、太った中年のオバサンが私を手招きし、「早くここ使いなさい」と譲ってくれた。
シャワーを済ませてロッカールームへ行くと、今度は更衣室を占領している。と、一人の女の子がみんなの水着やタオルを受け取っては洗い、脱水機とのあいだを走り回っている。私はしかたなくロッカーの前で着替えを始めた。その途端「いいかげんにしなさいよ!」怒鳴り声が部屋中に響いた。さっきの太ったオバサンだ。驚いて更衣室から顔を出した子たちに「あんたら、この子に何もかもやらせて楽しいのかい? 自分の水着は自分で洗いなよ!」すごい剣幕だ。更衣室から出てきた子たちはみな着替えが済み、我先に出て行ってしまった。残された一人の女の子はまだ濡れた水着のままだ。オバサンの話ではどうやらこの子はずうっと苛められていたようだ。「あんたねえ、世界は広いからね。意地悪いやつもいるけど、いい人もいっぱいいるからね。負けるんじゃないよ」そう女の子に話しかけている。可愛い女の子だった。私も「大丈夫?」と声をかけると「はい」とにっこりしたが、後ろを向いたときベソをかいたのがわかった。さっきの子らに仕返しされないかなと不安になる。苛めに気づいたとして、私は見て見ぬふりはしない。だが、あのオバサンのように子どもたちを叱ることができるだろうか。