【漂流するメディア・09.25】:NHKは教訓にしていない…40代記者の過労死で、佐戸未和さんの両親は不信感を隠さなかった
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【漂流するメディア・09.25】:NHKは教訓にしていない…40代記者の過労死で、佐戸未和さんの両親は不信感を隠さなかった
9月2日、NHKが40代の男性記者が過労死したことを発表した。NHKは、「公共メディアをともに支える職員が亡くなり、再び労災認定を受けたことは痛恨の極みであり、大変重く受け止めています」などとするコメントを発表した。報道によると、死亡した男性は東京都を取材する都庁クラブのキャップで、参院選や東京オリンピック・パラリンピックの取材指揮にあたっていたという。
「再び」という言葉が、2013年に同じ都庁クラブで記者が過労死していることを指すことは日刊ゲンダイの「ファクトチェック・ニッポン」で書いた。今回は、その点をさらに詳細に書いておきたい。なぜなら、NHKの「大変重く受け止めています」というコメントが、一般の人が感じるよりはるかに軽いものだと言わざるを得ないからだ。
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佐戸未和さんの遺影(写真)立岩陽一郎
佐戸未和さん。2013年7月に、31歳の若さで亡くなった。都内の自宅で携帯を握りしめたまま倒れているところを、連絡がとれないと駆け付けた婚約者が発見。既に死亡していた。
男性記者の過労死を知らせる報道資料には、「NHKでは、2013年7月に亡くなった佐戸未和さんが長時間労働による労災と認定されたことを受けて、業務の体制の進め方、勤務制度の見直しなどを行ってきましたが、再び職員が亡くなり、労災を受けるという事態になりました」と書かれている。
さらに、「深く反省し、これまでの健康確保の施策を速やかに再検討していきます。さらに、外部の有識者を加えた検討会も設け、働く一人ひとりの健康をいっそう留意して再発防止を徹底していきます」とも。
私は佐戸さんのご両親に連絡をとり、台風14号の影響で多少暑さが和らいだ9月15日にご自宅で話をうかがった。
ご両親は、男性記者の家族のことを気遣いつつ、NHKへの不信感を隠さなかった。
「ご家族のことを思うと胸が張り裂けそうになる。結局、NHKは未和のことを教訓になどしていない。そう思わざるを得ません」
ご両親がそう思うのには理由がある。そもそも佐戸未和さんが過労死した事実をNHKは長く伏せていた。それは表に公表するか否かというレベルではなく、局内でも事実は伏せられていた。事実上のかん口令がしかれていた。
当時、NHKにいた私もその事実を知らなかった。ご両親は未和さんの過労死の事実を共有して教訓にして欲しいと願っていたが、そうはなっていなかった。不審に思ったご両親の指摘で死の4年後に公表したが、その際、NHKはご遺族の希望で公表を控えていたとの言い訳をしているが、そうした事実はない。
◆過労死の調査報告書がないまま「働き方改革」を実施したNHK
NHKはご両親に対して、未和さんの過労死をきっかけに「働き方改革」を実施したと説明している。それが前掲の「業務の体制の進め方、勤務制度の見直しなどを行ってきました」にあたる部分だ。これは事実だが、未和さんの死を教訓にしたという部分については怪しい、と少なくともご両親は感じている。
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NHK(C)日刊ゲンダイ
例えば、未和さんの死の2年後に出された「働き方改革」に関するNHKの内部文書がある。2015年10月の「報道局働き方プロジェクトNEWS 第1号」だ。そこには「休暇の取得の推進」、「泊まり体制の見直し」といった取り組みが書かれている。しかし未和さんのことには一言も触れられていない。
私もその疑問を共有している。なぜなら、未和さんの過労死についてNHKはまともな調査をしているとは思えないからだ。普通、調査をすればその調査結果をまとめる。そして問題を洗い出し、改善すべき点を確認する。それがあって初めて「改革」に着手できる。
ところが、NHKは未和さんの過労死について調査報告書、あるいはそれに類するものを作成していない。私の情報開示請求に「存在しない」と回答している。それをご両親に伝えた時、ご両親は私の言葉を信じなかった。父親の守さんは日本を代表する一流企業で海外支店長まで務めた人だ。いくらなんでも、「教訓にして働き方改革をする」と言っているのに、調査の結果をまとめた報告書がないということがあり得るのか?その後、自らNHKの幹部にそれを問い質している。2021年10月4日のことだ。ご両親がそれを克明に記録している。NHK側の回答だ。
「(未和さんの部署の関係者から)ヒアリングをしているんですけど、報告書という形でまとまったものは、結論としては存在しません」
なぜ報告書をまとめなかったのか? それについては次のように話している。
「当時、他の記者も同じような働き方をしていたということで、未和さんに関して特別に、勤務管理が特別なことをした、というよりも、組織として、記者の労務管理が不十分だったということの認識だった」
つまり、同じ働き方をしていた他の記者は死亡していないので、特別な事情は見当たらず、このため調査の結果をまとめることはしなかったという説明だ。
当然、ご両親は納得していない。次のように指摘している。
「(未和さんの)労災の認定がされたときにも、その結果は聞いていらっしゃると思うんですが、その時点で、労災であれば当然企業責任が問われるわけですから、そこであらためてきちんと調査をして、当時の状況とかですね、過労死に至る経緯であるとかですね、相当詳しい調査をするのが普通の企業だと思うんですね。その結果は当然、普通の企業であれば社長であれ会長であれ、当然経営陣には報告されるし、NHKの中でも経営委員会なり執行部にも、『社内で労災が起こった』と報告されるはずなので、そのための調査リポートが作られると思うのですが、『それがない』と言うこと自体が私には信じられない」
これに対して、NHK側は「(関係者への)ヒアリングはかなりしていて、調査はした」と応えている。このため、ご両親は再度以下のように質問している。
「普通ならヒアリングをすれば、当然調査記録として残しますよね。(報告書を作らないとは)理屈としておかしいですよ。誰が調査をしたのですか?」
続けざまに以下の様に問うている。
「誰が誰に(ヒアリングを)したのですか? 何月何日に誰が誰にヒアリングをして、その結果はどうだったのか? それを何人にしたのか? そのヒアリング結果を踏まえて、どう結論づけられたのか?」
NHKの担当者は沈黙するばかりだ。ご両親はそのショックを、「『調査報告書を作っていません』なんていうことを聞くとは夢にも思っていませんでした」との言葉で伝えている。
◆NHKでは10年間で91人が在職中に死亡している
これがNHKの言う「大変重く受け止めています」の実態なのだろうか。ご両親ならずとも、憤りを通り越して呆れるほかない。
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NHK過労死問題巡る動き(C)共同通信社
なぜ調査報告書を作らず、また作ることを拒否するのか? 実は、未和さんの過労死をめぐってNHK側は誰一人責任をとっていない。責任をとるどころか、直属の上司は地域の報道統括という要職に栄転しているし、さらに上の職員も栄転している。
では、本当に誰にも責任はなかったのか? 未和さんが命を落とした2013年の7月の状況を見てみよう。7月21日に参議院選挙の投開票があり、日付が変わって22日の午前3時に帰宅している。そして問題の時間が迫る。
まず、7月24日の午前3時頃に婚約者に電話をしている。それを最後に婚約者からの電話にもメールにも反応していない。そしてその日の夜、選挙取材の慰労会に未和さんは参加していない。しかし、誰も未和さんの安否を気遣っていない。実は7月25日に、婚約者が未和さんの職場に電話をして安否を問い合わせている。しかし、職場の人間は誰一人、未和さんの安否の確認をしていない。婚約者は東北在住だった。このため、この日の夜に自ら駆けつけて倒れている未和さんを発見している。それが当時の状況だ。
ご両親は、NHKが早く動いてくれていれば未和さんは死ななくてすんだのではないかと思っているし、私もそう思う。
調査報告書が作られないことについてご両親は、「5年後、10年後、あるいは20年後、私たちが亡くなったと、NHKの中で『そういえば20年前に佐戸未和という記者が亡くなった、過労死で。当時の経緯とか、顛末はどうだったのだろうか?』と振り返った時に、何が残るのか?」とNHKに問うている。これに対してNHK側は、「報告書がないという事実は弁解できない」と認めつつ、報告書を作るとは言っていない。
頑なとも言えるNHKの態度の結果は、「ファクトチェック・ニッポン」にも書いたが、再度、それを書いておく。あるNHK職員から、未和さんの死は過労死ではないと言われたのだ。どういう意味か問うと、「彼女の死因は持病が原因だ。遺族からいろいろ言われてNHKが過労死の認定を受けられるようにした」と語った。
この職員の話は全くもって事実ではない。労働基準監督署は未和さんの健康診断の結果などもすべて含めて検討した上で労災と認定している。また、NHKが佐戸さんの過労死認定のために尽力したという事実もない。すべてはご両親の努力の結果だった。私はこの話をご両親に伝えるかどうか迷った。それがご両親をどれだけ悲しませるか、当然、私にもわかる。しかし、隠すべき話ではないと、ご両親に伝えた。私はその時のご両親の苦痛にゆがむ表情を忘れることはできない。父親の守さんは絞り出すようにこう言った。
「NHKは未和の死から何の教訓も得ていない。教訓を得ようともしていない」
それを物語るような9月2日のNHKの発表だ。9年間で2件の過労死が発生したNHK。だが、それだけで終わらないかもしれない。
NHKがまとめた「NHK労働者の在職死の件数」という資料がある。日本共産党の求めに応じてNHKが2018年3月14日現在でまとめたものだ。それによると、2008年6人、2009年12人、2010年11人、2011年7人、2012年10人、2013年11人、2014年7人、2015年9人、2016年11人、2017年7人となっている。2017年までの10年間で、実に91人が在職中に死亡している。この中に、家族が申請すれば過労死と認定されたケースがないと言い切れるだろうか。
私は未和さんの遺影に手を合わせる時、必ず3つのことを祈る。1つは未和さんの安らかな眠り。そして残されたご家族のこと。そして、NHKがまともなメディアになること。今回遺影に手を合わせた際は、さらに男性記者とご家族の無念さを思い、彼の安らかな眠りとご家族のことを祈った。その祈りの数はさらに増えるのではないか。その懸念を抱かざるを得ない。
元稿:日刊ゲンダイ DIGITAL 主要ニュース ライフ 【暮らしニュース・連載・「漂流するメディア」】 2022年09月25日 12:03:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。