【社説】:少子化対策素案 「負担増」を正面から語れ
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説】:少子化対策素案 「負担増」を正面から語れ
国民に痛みを求める話はまたも先送りか。覚悟を疑う。
岸田文雄首相が重視する少子化対策の素案がまとまった。2024年度から3年間、児童手当拡充などに年3兆円台半ばの予算を用意し、30年代初頭までに子ども関連予算の倍増を目指すという。
直前に首相の指示で年3兆円程度から増額した。肝心の原資は「28年度までに安定財源を確保する」として、内訳や時期を明示していない。 昨年末、防衛費の大幅増を決めたとき、増税論議を先送りしたことを想起させる。
少子化対策の拡充に国民の異論はないだろう。給付や支援を受けるのは主に子育て世代や若年層となるため、高齢者や子どもを持たない人を含む幅広い理解が必要だ。
政府は給付と国民負担の両面を説明して合意形成すべきなのに、財源の裏付けを欠いていては対策の実現性すら分からない。理解の求めようがないだろう。
素案は財源確保策として、真っ先に社会保障分野の歳出改革を挙げた。今後も歳出の伸びが見込まれる中で、どのようにして抑制するかは詳しく触れていない。給付削減につながる可能性もあり、自民党内には反対論が強い。
社会保険料の上乗せを見込む「支援金制度」の創設についても、詳細は「年末に結論を出す」としており、具体像は不明なままだ。
社会保障にしわ寄せが及ぶようでは全世代で子どもを育む機運を損なう恐れがある。企業の社会保険料負担が増えれば、賃上げに水を差すことも懸念される。
首相は増税を否定し、素案にも明記した。社会保険料を上乗せすれば、子育ての当事者にも負担が生じる。歳出改革で「実質的な追加負担は生じない」とする政府の説明は机上の空論に過ぎない。
少子化の根底には、結婚や子育てに慎重にならざるを得ない現状がある。歯止めをかけるには社会の構造や意識を変えることが肝要だ。素案も基本理念に据えている。
経済支援は確かに厚みを増す。育児休業給付金は、休業前の手取り賃金と実質同額を受け取れるようにする。
それでも対策の多くは既存施策の拡充にとどまり、社会の構造を変える大胆さは乏しい。意識改革に至っては、啓発推進や国民運動といった抽象的な言葉ばかりが並ぶ。これで「異次元の対策」と称するのは無理がある。
秋までの衆院解散がささやかれる。財源論の先送りには政権の「負担増隠し」の思惑がちらつく。仮に国民に信を問うのであれば、その前に財源を明らかにするのが筋だ。背を向けるようでは、過去30年の少子化対策の失敗を繰り返すだけだろう。
素案は冒頭に「30年までがラストチャンス」と記した。そう認識しているのなら、政局の思惑を挟むことなく、政権の命運を賭す覚悟で取り組むべきだ。
元稿:西日本新聞社 朝刊 主要ニュース オピニオン 【社説】 2023年06月03日 06:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。