【論壇時評 10.01】:ジャニーズ問題と空気 「全体主義的」こそ払拭を 中島岳志
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【論壇時評 10.01】:ジャニーズ問題と空気 「全体主義的」こそ払拭を 中島岳志
ジャニーズ事務所は9月7日に東京都内で記者会見を開き、故ジャニー喜多川元社長による性加害の事実を認めて謝罪した。この会見に出席した元V6の井ノ原快彦氏(現ジャニーズアイランド社長)は、性加害問題について「何だか得体の知れない、それには触れてはいけない空気というのはありました」と述べた。外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書では、「マスメディアの沈黙」が問題にされた。大手企業も性加害問題を見て見ぬふりをし、ジャニーズ事務所のタレントを広告に起用しつづけた。
この「空気」と「沈黙」に対して、高岡浩三・ネスレ日本元社長は、SNS上で「今更、ジャニーズ事務所のタレントと契約しないという大手クライアントこそ、この手の問題を知っていたはずだし、知らなかったとしたら恥ずべきことだ」と述べた。
「現代ビジネス(オンライン)」(9月18日)に掲載された高岡氏のインタビュー(「《ジャニーズCM打ち切り問題》元ネスレ社長独占告白!」)では、メディア・企業・広告代理店がジャニー氏の性加害問題を知りながら「あまりの人気に忖度して知らないふりをして蓋をしてきたこと」に問題があると指摘している。さらに、ジャニーズ問題は、ビッグモーターと損保ジャパンの癒着問題と同じ構造にあり、両者を一連の問題として考えるべきだと述べる。「損保ジャパンさんはビッグモーターさんがやっていたこと知っていたはず。しかし、見て見ないふりをしていた。業界は違いますが、本質的な問題は同じです」
一方、ジャニーズ事務所の性加害問題をめぐる「沈黙」は、一転して、過剰な「雄弁」へと転化している。これまで報道を避けてきたテレビメディアは一斉に番組で取り上げ、広告に起用してきた企業は一斉に撤退を始めている。記者会見をきっかけに一種の雪崩現象が起きていると言えよう。
この「沈黙」と「雪崩」は、不問とされてきた問題が追及されはじめたという点で真逆の現象に見えるが、同調圧力への服従という点では、同根の現象と言えるだろう。
3月に英BBC放送がドキュメンタリー番組を放映し、4月に被害者が告白を始めた際には、企業は動かなかった。藤島ジュリー景子社長(当時)が5月に動画と文書で見解を示し、謝罪した時も、動かなかった。国連人権理事会作業部会の記者発表が行われた時も、再発防止特別チームの報告が行われたときも、動かなかった。しかし、9月の記者会見後にCMからの撤退を表明する企業が出始めると、堰を切ったように撤退が相次ぎ、雪崩現象が起きた。企業は「沈黙」から「雪崩」へと一気に手のひらを返したのである。
「ジャニーズ問題で『CM起用中止の企業』に問う」(東洋経済オンライン、9月18日)に掲載された蔵元左近弁護士のインタビューでは、企業の同調的対応に疑問が呈されている。タレントをCMに起用する企業は、会見前にジャニーズ事務所に一定の対応を求め、その上で会見が不十分であると判断した時、はじめて起用の見直しを進めるというのが「筋」である。
西山守「日本企業『ジャニーズからの撤退』に感じる違和感」(東洋経済オンライン、9月17日)では、コンプライアンスのあり方が俎上に載せられる。世界における企業コンプライアンスにおいては、自社だけではなく、取引先に対しても責任が生じる。今回の場合、企業がジャニーズ事務所と取引を続けるのか、終了するのかが問題の本質ではなく、「“取引企業としての責任を果たしているのか否か”という点が重要」である。
「沈黙」から「雪崩」への手のひら返しは、自らの責任を不問にした上で、新しい空気に便乗する行為である。「大東亜戦争」の最中、軍部のプロパガンダに便乗し、聖戦論を鼓舞した人が、戦後になると立場を一転することが往々にしてあった。彼らは戦中には指導者を声高らかに讃え、戦後は口汚く罵倒した。そして、口をそろえて言った。「自分は初めからおかしいと思っていた」と。
「同調圧力への服従」と「手のひら返し」、そして「後出しジャンケン」は連続している。この全体主義的な空気こそ、問題にしなければならない。(なかじま・たけし=東京工業大教授)
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【論壇時評】 2023年10月01日 07:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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