71年前の昭和17年2月20,21日、海軍第三特別陸戦隊700人がインドネシアのクーパン(西チモール)に二波に渡って落下傘で降下している。が、このことを知っている日本人は一部の戦史研究家以外ほとんどいない。
日本軍は戦争中、南方作戦で3回、現在のインドネシアの地に落下傘で降下している。最初は1月11日、海軍第一特別陸戦隊がセレベス(スラウェシ)島のメナド(マナド)の地に、ついで2回目は2月14日、陸軍空挺部隊がスマトラのパレンバンに降下している。軍事秘密秘匿のため、この二つの降下作戦は、パレンバン作戦後に同時発表されている。当時銃後の小国民であった僕も映画「空の神兵」や同名の歌でもってパレンバンの事をしり、メナドについてもアニメ映画「桃太郎 海の神兵」を通じて知っている。
一昨日(20日)僕はたまたまNHK.BSテレビの「ほっと@アジア」という番組を見た。講談家の神田山陽が自転車に乗ってスラウェシ島のマナド周辺を旅行する内容の番組であった。僕は10年ほど前、海軍の落下傘部隊の活躍の跡を訪ね、戦後連合軍のBC級裁判で刑死された堀内豊秋隊長の慰霊碑を墓参したことがある。当然、僕らの世代は、このNHKの番組でも落下傘部隊についても紹介する部分があるものと期待していた。しかし、番組はまったく落下傘部隊については一言も触れなかった。
番組の制作意図からみて仕方がないと思ったが、頂けなかったのはマナド郊外の山村の音楽隊を取材したときだ。音楽隊が、わざわざ日本から取材にきたクルーのために日本の戦時中の流行歌「愛国の花」(インドネシアではスカルノ初代大統領の作詞で「桜の花」でよく知られている)を演奏してくれたのに、番組ではまったくこのことを紹介していなかった。
NHKの若い番組製作者が昔の事を知らなかったものと思うが、かりにNHKの中に昔の戦争の事には触れるなという偏見があるとすれば誤りである。「愛国の花」は戦中戦後を通じてインドネシアと日本との友好を象徴する歌である。
日本軍は戦争中、南方作戦で3回、現在のインドネシアの地に落下傘で降下している。最初は1月11日、海軍第一特別陸戦隊がセレベス(スラウェシ)島のメナド(マナド)の地に、ついで2回目は2月14日、陸軍空挺部隊がスマトラのパレンバンに降下している。軍事秘密秘匿のため、この二つの降下作戦は、パレンバン作戦後に同時発表されている。当時銃後の小国民であった僕も映画「空の神兵」や同名の歌でもってパレンバンの事をしり、メナドについてもアニメ映画「桃太郎 海の神兵」を通じて知っている。
一昨日(20日)僕はたまたまNHK.BSテレビの「ほっと@アジア」という番組を見た。講談家の神田山陽が自転車に乗ってスラウェシ島のマナド周辺を旅行する内容の番組であった。僕は10年ほど前、海軍の落下傘部隊の活躍の跡を訪ね、戦後連合軍のBC級裁判で刑死された堀内豊秋隊長の慰霊碑を墓参したことがある。当然、僕らの世代は、このNHKの番組でも落下傘部隊についても紹介する部分があるものと期待していた。しかし、番組はまったく落下傘部隊については一言も触れなかった。
番組の制作意図からみて仕方がないと思ったが、頂けなかったのはマナド郊外の山村の音楽隊を取材したときだ。音楽隊が、わざわざ日本から取材にきたクルーのために日本の戦時中の流行歌「愛国の花」(インドネシアではスカルノ初代大統領の作詞で「桜の花」でよく知られている)を演奏してくれたのに、番組ではまったくこのことを紹介していなかった。
NHKの若い番組製作者が昔の事を知らなかったものと思うが、かりにNHKの中に昔の戦争の事には触れるなという偏見があるとすれば誤りである。「愛国の花」は戦中戦後を通じてインドネシアと日本との友好を象徴する歌である。