その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

ブダペスト旅行記 (その4) ハンガリー国立歌劇場 『ラ・ボエーム』

2010-12-16 00:05:49 | オペラ、バレエ (in 欧州)
 夜は、ハンガリー国立歌劇場へ行きました。1884年完成のネオルネサンス式の建物です。バイエルンやウイーンほど大きくありませんが、第2次大戦の戦火を逃れた貴重な歴史的建物です。昔、マーラーが音楽監督を務めたこともあるとのことです。



 廊下や内部の階段、休憩の際に使うホールも煌びやかです。
 

 

 劇場内も歴史を感じます。椅子も木製。
   

 さて、演目は、クリスマスシーズンにぴったりの『ラ・ボーエム』。このオペラは、ラストシーンは悲しいですが、私の大好きな青春讃歌オペラです。

 公演の方は、期待通りとっても楽しめました。歌手、オーケストラ、演出、3つがバランス良く整った公演だと思いました。

 歌手の中では、主役のカップルよりも、ムゼッタ役のAnna Gorbachyova(アンナ・ゴルバチョバ??)がとっても良かったです。可愛らしさと、ちょっと崩れた感じの双方がミックスされ、舞台全体を華やかにしてくれた。歌も良かったけど、演技、表情がとても気に入りました。

 主役のミミの役のGabriella Létay Kissは、ちょっと声がキンキンしすぎていて私の好みではなかったですが、悪くはなかったです。まずまず。相役のロドルフォのAttila Fekete(アッティラ・フェケテ)は声は大きかったですが、ちょと一本調子だったかも。でも、3幕最後の二人の重唱は素晴らしかったです。ジーンときました。

 演出がオーソドックスで暖かみのある舞台だったのも良かったです。第2幕の子役たちがみんなかわいかったし、第3幕の雪降る風景も美しい。

 指揮者György Győriványi Ráthという人は知らない人ですが、よくオーケストラをならしていました。プッチーニのメロディの甘さ加減も適当で、適度なペースと盛り上げでとっても良かった。

 ちょっと残念だったのは、劇場が小さく観衆が少ないせいか、それとも東欧の人はあまり反応を表に出さないのか?よくわからないですが、いまいちのりが悪く、拍手も小さいです。結構、私はジーンときたアリアとか重唱があったんだけど、あんまり廻りが盛りあがってくれなかったので、がっかりでした。。


※どれもぶれ写真ですが。。。

György Győriványi RáthとAttila Fekete


Attila Fekete


György Győriványi Ráth



La BohémePuccini, G.La Bohéme
Opera in four Acts, in three Parts
Opera House | 19:00-21:55
11. December 2010. | Saturday

Ferencsik János - passComposerGiacomo Puccini
LibrettistGiuseppe Giacosa, Luigi Illica
Hungarian surtitlesÁgnes Romhányi
Director: Kálmán Nádasdy
Staged by Sándor Palcsó
Set Designer: Gusztáv Oláh
Costume Designer: Tivadar Márk
Leader of Children's Choir: Gyöngyvér Gupcsó
Choir Master: Máté Szabó Sipos

Conductor: György Győriványi Ráth
Rodolfo: Attila Fekete
Schaunard: Csaba Szegedi
Marcello: Alik Abdukayumov
Colline: Krisztián Cser
Mimi: Gabriella Létay Kiss
Musetta: Anna Gorbachyova
Alcindoro: Tamás Szüle
Benoit: András Hábetler
Parpignol: László Beöthy-Kiss
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ブダペスト旅行 (その3) 美術館・博物館

2010-12-15 00:24:40 | 旅行 海外
 ロンドンにも美術館/博物館はたくさんありますが、ブダペストの博物館の多さにも驚かされます。国立美術館、西洋美術館、現代美術館、歴史博物館、民族博物館、地下鉄博物館、交通博物館、農業博物館国立民族博物館、国立博物館、電話博物館、音楽史博物館、軍事歴史博物館、切手博物館、郵便博物館・・・・。今回は時間が限られた中であったので、3つの美術/博物館に足を運びました。

*西洋美術館(ホームページはこちら→)
 英雄広場に向かって左手にあります。王宮にある国立美術館がハンガリー人画家の作品を展示してのに対し、こちらはハンガリー人以外の西洋美術館になってます。つい先日まで、この美術館の特別展がロンドンの王立美術院で開催され、目玉作品はロンドンに来ていました(こちら→)。その美術展がとっても良かったので、本家本元にも素晴らしい絵がたくさんあるに違いないと思い、出かけました。そしたら、期待通り。イタリア、スペイン、ドイツ、ネザーランド、フランス等、ルネッサンス以降の主要な作品が展示されており、手軽に美術史が概観できるようになっています。ただ、確かに目玉作品は遠征中なので、これらを目当てに来た人はちょっとがっかりしたかもしれません。





*恐怖の館(ホームページはこちら→)
 ちょと名前がお化け屋敷見たいですが、とっても良くできた博物館です。この建物は、第2次大戦中は極右政党「矢十字党」の本部として、そして戦後は共産主義の秘密警察が本部として使った建物です。第2次大戦中からそれ以降の、ナチスによる占領、ソビエトによる占領、ハンガリーの共産等独裁、そして解放に至るまでのハンガリーの苦難の現代史が、当時のナマ史料をもとに、とてもよくわかりやすく展示されています。ハンガリー人も第2次大戦後ソビエトにシベリア強制労働に駆り出されていたともはじめて知りました。



 正直、非常に重い気分になりました。政治犯として収容された人、共産政権から生命を奪われた人のことに思いを寄せると、現実の絶望と将来の希望の狭間の中で、この人たちは何を求め、何に生きていたのか?仮に自分が、思想・信念と生活・生命との選択を迫られた時、どういう行動を取るだろうか?自由を失い、命を奪われることが間近であったこの時代の生きたハンガリー人と比べれば、今、先進国と言われるなかで生活できる自分達はなんと幸せなことだろうか。空気のようにしか感じていない「平和」や「自由」は今の生活の大前提であることを、今更のように確認させられます。それを忘れてはいけないし、それを後世に残す努力も怠ってはいけないと思いました。

(戦車の後ろにある縦長のパネルには、ナチ、ソ連、ハンガリー共産党に犠牲になった人たちの顔写真が掲載されています)


*国立博物館 (http://www.mnm.hu/en/fooldal/mainPage.phpホームページはこちら→)
 ここは、石器時代から現代に至るまでのハンガリーの歴史を年代順に遺跡、遺品、史料を通じて、展示するというものです。これも、素晴らしくよくできた展示でした。正直、国としてのハンガリーのことは、これまであまり知らなかったのですが、ハンガリーというのがいかに「侵略される側」の国であったことが良くわかります。ハンガリーの歴史とは、紀元直後の昔から、ローマ、トルコ、ハプスブルグ、ドイツ、ソ連と、隣国の強国からいつも蹂躙されてきた歴史なのです。

 島国日本の歴史とのあまりの違いに驚かざるおえません。このような被侵略の歴史を持つ人々に日本的な平和主義を唱えても、正直全く理解されないでしょう。まさに、国は防衛があって初めてめて成り立ち、戦争がないところに初めて国民の自由も正常な経済活動もあるのだという世界史ではあたりまえのことに改めて気づかされます。




 蛇足ですが、ブダペストの博物館は写真撮影はできるのですが、写真撮影には入場料の3倍近くの写真撮影代金を払わなければいけません。これは、なかなか良く出来た仕組みで、「代金を払えば撮影してもいいですよ」と言われると、かえって撮影もしないものですね。
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ブダペスト旅行 (その2) 街並み、クリスマスマーケット他

2010-12-14 00:11:18 | 旅行 海外
 ブタペストは素朴で、美しい街です。私は、日本の長野や松本などの地方都市を訪れた時と似た空気を感じました。

 たとえば、このバス。『3丁目の夕日』に出てくる日本の昭和30年代のようなバスです。
 

 更に地下鉄の駅と車両。3両編成。まあ、ロンドンの地下鉄も古いですが、いい勝負です。
 

 もう一つ。路面電車。欧州の都市にはこの路面電車があるところが好きです。


 乗り物図鑑になってしまうので、美しい風景の写真をいくつか。

 ブダ側の王宮から見たドナウ川とくさり橋です。ケーブルカーで王宮に昇ります。
 

 王宮とくさり橋から見る王宮
 

 そして、この季節と言えば、クリスマスマーケット。雪の降る中、余計なBGMなど何もない、静かで、人のささやき声や、話し声だけが聞こえてきます。静けさの中にも活気のあるマーケットです。
   

 夕刻は更に賑わいます。
   

 圧巻は屋台メシ。お昼のロールキャベツと夕食のグヤーシュ。おかげで、今回は1回もレストランに入らずじまい。
 

 ロールキャベツの鍋。


 (つづく)



 
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ブダペスト旅行 (その1) ハンガリーと言えば・・・温泉!!!

2010-12-12 22:35:14 | 旅行 海外
 先ほど、ブダペストから帰ってきました。2日間の週末旅行ですが、非常に充実した時間を過ごせました。 (冒頭の写真は昨夜の王宮をバックにした鎖橋。息をのむ美しさでした。写真をクリックすると大きくなります)

 いろいろご紹介したいことがあるのですが、まずは今日はこちらから。

 ハンガリーと言えば温泉。行ってきました、ブダペストの温泉。たまたま今回泊まったホテルの裏が、キラーイ温泉という1570年に造られたという温泉で、トルコ式ながら湯船につかれる温泉です。ガイドブックによるとゲッレールト温泉というところがブダペストのイチオシ温泉のようですが、ちょっと遠いし、ホテルの裏ということで今回はこちらにしました。



 正直、外観はとっても古くて朽ちた感じ。日本の温泉にも確かにこういう感じの公衆温泉がありますが・・・、ちょっと恐る恐る入館





 入り口で代金を払い2200Ft(約1100円?)入館。受付の横には、日本と同様に、温泉の成分分析表が掲示してありました。ハンガリー語なので読めませんが、化学記号は同じだからだいたいわかります。phが気になったがそこだけは読み取れませんでした。源泉はきっと54度のようです。

 続いて、脱衣所へ。脱衣所は、シャワールームぐらいの大きさの個人別更衣室になっていて、そこに脱衣したら荷物も置きっぱなしにします。持参したカイパンに着替えて、更衣室を出ると係りのおばさんが2重に鍵をかけて片方の鍵を渡してくれます。さあ、いよいよ、浴場へ参上。

 感動しました!!!大きな円形の湯船にお湯がたっぷり。そして、仄かな硫黄の臭いが。もちろん雰囲気は多少異なりますが、日本の温泉そのものです。中央の大浴槽は温度は30度ちょっとなので、ぬるく温水プールぐらいの熱さです。そしてその大浴槽の横と奥に、一つづつ小浴槽があって、そのひとつは38-39度設定。この湯船に使ったときの満ち足りた気持ちは、ちょっと言葉にできません。涙が出そうになりました。

 ドーム式の浴場で天井に空いたいくつかの穴から光が漏れてくるのが、湯船からの湯気に反射してとても神秘的です。朝一番(9時ごろ)行ったためか、まだ西洋人の老夫婦二人が入っているだけでほぼ独占状態。なんという贅沢なのでしょう。 (中ではカメラを持ち込めないので、写真はグーグル等からの拝借です。)

 

 さらにもうひとつの感動。この浴場には高温サウナと低温サウナの乾式サウナが併設されています。高温サウナでも60~70度なので日本のサウナに比べるとまだ低温ですが、日本では月に2回は近くの銭湯サウナに通ってたサウナ党の自分には堪りません。日本に居た時と同様、約8分を3セットこなし、もう顔はテカテカ、すべすべ。

 もう決めました。これからブダペストには時間と金があるかぎり通うと。。。。

※ 温泉のホームページはこちら(湯船の様子のVideoがあります)→
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週末旅行 ブダペスト

2010-12-11 23:31:03 | ロンドン日記 (日常)
@Google画像を拝借

週末旅行でハンガリーの首都ブダペストに来ました。ロンドンも寒いと思ったけど、ブダペストはもっと寒いです。今日は夜まで一日雪でした。

でも負け惜しみではなく、昨年12月に訪れたプラハといい、中欧には寒さと雪が似合います。雪は街並みの美しさを倍増してくれます。

ブダペストはプラハと似てますが、プラハ以上に素朴な街というのが初日の印象でした。走っているバスや地下鉄にはレトロの趣さえ漂います。

また、明日戻りましたら、適宜、レポートします。

@ ブダペスト

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パーティ in ロンドン

2010-12-10 23:26:16 | ロンドン日記 (日常)
ボスの代理でパートナー会社のクリスマス晩餐会に行ってきました。私たちの会社のお客様パーティは予算の関係で、いつも市内のパブのようなところでの立ち飲みパーティなのですが、今回お招き頂いた晩餐会はなかなか面白い企画でした。

集合はロンドンのランドマークでもあるロンドンアイ。まずは、観覧車に乗ってシャンパンで乾杯です。過去に昼間には乗ったことがあるロンドンアイも夕刻時は初めてで、ロンドンの夜景がひときわ美しいものでした。



続いて待機していたバスに乗ってタワーブリッジへ。夕食は、なんとタワーブリッジのエンジンルームです。タワーブリッジは職場にも近いのでよく渡ってますが、まさかそのエンジンルームがレストランになっている(パーティの時だけ特別貸し出し?)とは知りませんでした。正直、なんの飾りもない殺風景な部屋ともいえますが、由緒正しい(?)タワーブリッジのエンジンルームでの食事というのは、非日常としての面白さがありました





私が、この手のパーティには参加する機会は少ないのですが、それでもロンドンのパーティー場所は、このタワーブリッジに限らず面白いところがいくつもありました。ウオレスコレクション、ギルドホール、ロンドン博物館、ロイヤルオペラハウス、アスコット競馬場。。。。ボスはロンドン搭やロイヤルアルバートホールとかのパーティルームでのパーティに参加しています。

ただ、自らを卑下しているわけではないですが、今回のタワーブリッジのエンジンルームでの食事は別として、ウオレスコレクションやギルドホールでのパーティは自分で参加しながらもとっても違和感があります。なんか落ち着かないんですよね。

そんな時、(堀ごたつで鍋パーティをやりたいなあ〜)と心底思ってしまう自分は、胸を張って、「俺は正真正銘の日本人だ!」と思います。

意味不明の呟き記事になりましたが、ホストの暖かい気遣いもあり、エンジンルームでの食事会はとっても楽しいものでした。

おわり。

# 帰りに撮ったタワーブリッジ。いつ見ても美しいです。
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チャーチル・ウォー・ルーム博物館 (Churchill War Rooms)

2010-12-10 00:34:32 | ロンドン日記(イベント、観光、スポーツ)
 先々週の日曜日に"Westminster At War"というWalking Tourに参加したことは、先般ご紹介しました(こちら→)が、そこの最後の訪問地であったChurchill War Rooms博物館についてご紹介します。(Walkingツアーでは、この博物館の前で解散で、博物館の中には時間と興味のある人が、勝手に入場することになります。入場料はLondon Walksのツアーということで少し割引になります)

 ※博物館のホームページはこちらから→

 ここは、1939年からロンドンが戦争で攻撃を受けた場合に備えた内閣執務室として、イギリス大蔵省庁舎の地下に建設され、主にチャーチルが首相の際に、内閣執務室として使われました。重厚な壁で防備されており、内部も当時の会議室や首相をはじめとする幹部の執務室、通信室等がほぼそのままの形で保存されており、戦時中の緊張感そのままで当時の様子を偲ばせます。

The Cabinet Room


The Main Corridor


Chiefs of Staff Conference Room


Room 65 - The Map Room


Room 65a - The Prime Minister's Room


※ヴァーチャルツアーができます→

 更に、圧巻は併設されているチャーチル博物館。チャーチルの一生が豊富な資料や展示で紹介され、チャーチルの一生を追いながら、イギリスの現代史を振り返ることが出来ます。時代時代の節目での、チャーチルの演説が生の録音で聞くことができるなど、迫力満点です。

(チャーチル博物館の部屋の様子)


(チャーチルの側近の証言「彼は一緒に働くのが最も難しい男だった。。。でも彼とともに働く機会は何を犠牲にしても逃すべきではなかった」。チャーチルは、朝8時から翌朝3時まで18時間働いたそうです。)


(チャーチル人形のコレクション・・・これは受けた)


 この博物館はあまり日本のロンドンのガイドブックには紹介されていません(手元の「地球の歩き方」「わがまま歩き ロンドン」にも紹介がない)が、展示物そのもの、展示の仕方も非常によく出来ており、多少なりとも現代史に興味のある方は、是非、訪問されることをお勧めします。ロンドンの博物館系にしては、珍しく有料で、それも12ポンドもするのが玉に傷ですが、十分、その価値はあると思います。私は、閉館1時間半前に入ったので、十分な時間を取るくことができなかったのが残念でした。もう一度行くと思います。

 2010年11月27日訪問
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とある職場の風景 カルチャーギャップ ああ、誤解!

2010-12-09 00:14:42 | ロンドン日記 (日常)
 日本の本部に1週間ほど出張したある英人マネジャーから、出張にかかわるexpense claim(費用支払依頼の稟議)が廻ってきました。まあ、東京でかかったホテル代とか交通費とかが主なのですが、一つおかしなものがまぎれていました。


"Karaoke with Tokyo Team" (東京チームとのカラオケ代) XX,XXX YEN


 「なんじゃ、これ〜」と思って、その彼に来てもらって話を聞きました。(英語は思い出せないので、日本語で再現します)


「一つ教えて。このカラオケ代って何?」

「(正々堂々と・・・)東京のチームが、夕食をご馳走してくれた後、カラオケに連れってくれたから、その費用はこっちで持ったんです」

「社内やグループ会社とのエンターテイメント(接待)は、会社は払えないよ」

「本部への出張中は、皆凄く歓待してくれた。食事はいつも、本部が払ってくれた。イギリスじゃ、自分で食べたものは自分で払うのが普通だから、自分はとってもきまりが悪かった。いつもそれでは流石に申し訳ないから、最後のカラオケ代はこっちが持つことにしたんだ。(それが、何か?????)」

「う・・・・・・・・・・・ん。もしかして、その食事代は本部が払ったと思っている?」

「(何をこいつは言っているんだという顔で)じゃないの???」

「それは、ありえないよ。それは、食事の後でマネジャーが払うか、そこに一緒に居た人が割り勘にしているんだよ。本部(会社)が社員の食事代を支払うのは、A Year Kick Off Meetingの後のパーティとか、年に1,2回の特別な機会だけだよ。貴方がいつも頑張ってくれているから、それに対する個人またはチームの好意なんだ。だから、個人の好意を会社の経費でお礼をするのは、ちょっと違うんだよね。」

「そんなの知らなかった。それを知ってたら、こんな金額は個人では絶対支払わない・・・」

「貴方の言うことは分かるよ。でも、本部のメンバーとのカラオケ代をこっちの会社で払うわけにもいかないよ。だいたい、本部の人間がどう理解したか知らないけど、きっと皆、貴方のおごりだと思ってるぜ。これを会社持ちにしてたなんてことが、本部に知れたら、貴方は逆にとんでもない奴だと思われるよ。本部は、こっちの苦しいサイフの状況も知ってるんだから・・・。どうする????」


てな、会話となりました。どうやって解決したかは内緒ですが、ちょっとしたカルチャーの違いが、勘違いを呼んだとても面白い事例だと思います。相互理解の難しさを改めて、感じた次第です。

本部の人間も、誤解を生むような好意はやめて欲しい!!!あとで、面倒なんです。この手の対応を英人とするのは・・・

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塩野 七生 『ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3) 』 (新潮文庫)

2010-12-07 22:25:49 | 
 亀の歩みで、少しずつ読み進めている『ローマ人の物語』。

 本巻は、カルガリの後を受けて50歳になってから歴史家から皇帝となったクラウディウスの治世を描きます。クラウディウス帝は、カリグラの統治で地に落ちた帝政への信頼の回復に努め、財政の再建、北アフリカ、ユダヤ、ブリテンの外政の問題解決、クラウディウス港の整備など、派手さはないものの着実に実績を積んでいます。しかし、残念なことに良き夫人に恵まれず、放縦な若き妻メッサリーナはご乱交のおかげで死罪、その後妻で迎えたアグリッピーナは野望高き女で、結局、彼女に殺されてしまいます。

 正直、あまりエキサイティングな巻ではありませんが、ブリテン島(イギリス)についての記述があるのが、私には興味を引きました。

 「現イギリスは、国土の四分の三はローマ帝国の外にあり続けたドイツと違って、ローマに征服された歴史を持つ。イギリスの学者たちの好む言い方に換えると、イギリスはローマ世界に入ったことで、ゲルマン(ドイツ)人のような蛮族ではなくなった、となるのだが」(p60)ということらしいです。

 「反ローマのガリア人たちの逃げ込み先となるのを阻止」するためにユリウス・カエサルの初めての遠征(BC55,BC54)により接触が始まったローマとブリタニアの関係ですが、クラウディウス帝はブリタニア征服を決行します。紀元42年にブリタニア最大部族の後継者争いが、北東ガリアまで巻き込んだのをきっかけに、兵をドーバー海峡を渡らせ、クラウディウス自身も出馬しコルチェスターを抑え、ブリタニアをローマの属州化しました。そして、皇帝がローマに帰ったあとも、ローマ軍はノーフォーク地方まで北に進み、その後「テムズ川の南、現在のカンタベリー、ローマ、バースを結んだ線より南の攻略が、ローマによるブリタニア制覇の第2派」になりました。丁度、バースに温泉を発見したのも、この頃です。(pp60-74)

 当時はまだ世界の辺境であったブリタニアに、縁あって今生活していることを考えると、とても身近な歴史に感じられるのが面白いです。
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とある職場の風景 クリスマス・パーティ

2010-12-06 22:36:17 | ロンドン日記 (日常)


 先週末は会社のクリスマスパーティでした。クリスマスパーティは社員にとって、一年で一番の社内イベントで、皆がとっても楽しみにしています。

 あんまり会社の業績には興味ない社員も、その年のクリスマスパーティの会場のランクで、「どうも今年はウチは厳しいらしい」「去年より良いところだから、今年の業績は少しはいいのかな?」なんて、話のネタになるぐらいです。数年前に、会社の業績が落ち込んで経費節減のためにパーティを中止した際は、多くの社員が「この会社やばい。潰れる」と思ったそうです(確かに、一昨年のリーマンショックの時はとある英系大手銀行がクリスマスパーティを中止したというのが新聞記事になってました・・・)。

 普段は比較的地味な服装の女性社員もこの日は、Party前にどこかで着替えるのか、目の覚めるような色のドレスや、肩丸出しのドレスを着てきます。

 私は、丁度2年前のこの頃に、イギリス赴任の辞令を東京でもらったのですが、初めて日本から発令の挨拶を上司になる人に電話したら、「まず、××日はクリスマス・パーティーだから、絶対、この日は居るようにしてくれ。とりあえず、出張でいいから」なんて、言われたので、鮮明に覚えています。

 パーティは6時半から始まります。普段、職場で顔を合わせることはあっても、なかなか話をする機会がないメンバーたちと話をするのは、とても楽しいです。そして、9時ぐらいからダンスタイムに突入すると、もう無礼講。まさにParty Never Endsです。私は10時半ぐらいに失礼しましたが、今日、同僚に聞いたらその彼は1時過ぎまでいたとのことでした。

 イギリスの会社にとって、クリスマスパーティは日本の忘年会以上のものかもしれません。
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リージェンツ・パーク 10キロマラソン

2010-12-05 22:26:49 | ロードレース参戦 (in 欧州、日本)
 今年最後のランニング・レースとして、自宅から近いリージェンツパークの10キロマラソンに参加しました。私はこのレースが今年丁度10大会目。随分、走ったなあ~。

 リージェンツパークはよく週末に走りますが、たまにレース用の距離表示の目印が置いてあったので、一度は出たいと思っていました。

 今日は、いつも走っているところだし、今年の走り納めでもあるので、10キロをスピード重視で、どこまで走れるかやってみようというのが、今日の目標。50分を切れれば、良いかなあ。

 この1週間の寒さはやや緩み土曜日早朝の雨で雪も殆ど溶けてしまいましたが、それでも朝の気温は6度です。寒々としたロンドンの冬の空。
 

 こんな寒い中にレースに出る人たちなので、かなり本格的な雰囲気が漂ってました。参加人数は100名ちょっとといったところでしょうか。
 

 今日は、スタート直後から、時間重視で走ったので、レース中の写真はありません。公園内のメインロードを3周します。普段にないペースで走ったのでかなりきつかったですが、なんとか頑張り48分13秒。1年の〆としては満足のタイムで走れました。

 ゴール付近の様子。

 
 今日の賞品はバナナだけ。メダルはありません。


 2010年12月5日
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ヘンデル  『アルチーナ』

2010-12-05 00:24:39 | オペラ、バレエ (in 欧州)
 ヘンデルのオペラ『アルチーナ』を見てきました(あらすじはこちら→)。本公演はウイーン国立歌劇場との共同制作。dognorahさんが、このオペラを最近ウイーンでご覧になっていて、演出を絶賛されています(こちら→)が、ロンドンでは残念ながら、演奏会方式での公演です。

 心に滲みる素晴らしい公演でした。オーケストラ、歌手陣とても良いパフォーマンスで4時間、満ち足りた時間を過ごすことができました。

 いきなりタイトルロールのアンヤ・ハルテロスがお休みで、代役でしたが、インガ・カルナ(Inga Kalna)は代役とはとても思えない堂々の歌唱で、主役としての貫禄十分でした。魔女で女王という役柄は、女王は?ですが、魔女にはぴったりです。また、ヴェッセリーナ・カサロヴァ(Vesselina Kasarova)やヴェロニカ・カンジェミ(Veronica Cangemi)も良かった。ロミーナ・バッソ(Romina Basso)は少し残念。歌は悪くなかったですが、演奏会方式とはいえ、演技も含むこの形式になか彼女だけは楽譜持参。もっと歌も出番も多い他の人たちが持っていないだけに、違和感が残りました。

 特筆すべきは、dognorahさんも絶賛していた日本人のボーイズソプラノのナカジマシンタロウ君。清らかな彼の声は、心が洗われる気持ちになります。ウイーンの少年合唱団に所属しているとのことですが、こんな日本人の少年もいるのだと知って、驚きました。立派なプロですから余計なお世話も良いところなのですが、彼のソロの時は、見ている私の気持ちは学芸会の舞台で演技をする自分の子供を見る親の気持ちそのままで、ドキドキしながら見てました。 しかし、私の気持ちとは全く無関係に、堂々とした歌いっぶりはもう見事しか良いようがありません。

 このルーヴル宮音楽隊というオーケストラは、今回の指揮者の1982年にマルク・ミンコフスキ(Marc Minkowski)がフランスのバロック音楽復興のために立ち上げたオーケストラです。今日は、時に甘美、時に神々しく、そして時に深い悲しみに溢れる演奏で、とても美しいアンサンブルでした。ソロがあるヴァイオリン、チェロもしみじみ聞かせてくれました。(テオルボ奏者はオザキトシノリさんという日本人でした)

 会場の拍手も大きなもので、一度きりの公演なのが勿体ない。あと1回でもあれば、また是非、足を運びたい公演です。音楽の余韻に浸りながら、とっても素敵なクリスマスプレゼントをもらった気分で帰路につきました。

ソリストたち。


ナカジマ・シンタロウ君。






Handel Alcina
Les Musiciens du Louvre (Grenoble) / Minkowski
4 December 2010 / 18:30
Barbican Hall

Handel Alcina

Les Musiciens du Louvre (Grenoble)
Marc Minkowski conductor
Inga Kalna Alcina
Vesselina Kasarova Ruggiero
Romina Basso Bradamante
Veronica Cangemi Morgana
Benjamin Bruns Oronte
Luca Tittoto Melisso
Shintaro Nakajima Oberto

Concert performance of Vienna State Opera

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シャイー指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 『ローマの松』(レスピーギ)ほか

2010-12-04 05:15:23 | コンサート (in 欧州)
 このコンビは、私が渡英して間もない2年前に、ベートーベンの8、9番で凄まじい怒涛の演奏を聴かせてくれました。その衝撃が、今でも記憶に新しいので、今回もとても楽しみにしていました。

 一曲目はいきなりチィコフスキーのピアノ協奏曲。とても好きな曲です。木曜日の夜ということで、一部音楽を聴くよりも睡魔との戦いにエネルギーを費やしたところもありますが、素晴らしい演奏でした。ロシアのアルカーディ・アルカーディエヴィチ・ヴォロドスのピアノは柔と剛をあわせ持つ演奏で、スケール感と繊細さの双方を楽しめました。オーケストラとの相性も抜群で、まさに協奏曲の妙と思わせるコンビでした。

 後半はチィコフスキーの幻想曲『フランチェスカ・ダ・リミニ』とレスピーギの『ローマの松』。私には、2つとも初めて聴く曲なので、演奏自体がどうだとかはコメントできないのですが、2曲とも素晴らしい演奏でした。『ローマの松』のラストの盛り上がりは、津波のような迫力で、これぞオーケストレーションの醍醐味と言えるものでした。(第3幕後半で鳥の声がしたのは、演奏?録音?)

 シャイーとこのオーケストラのコンビによる演奏は、コンセルトへボウとかベルリンフィルとかから感じる、スケールの大きさと壊れそうな繊細さの2つの超バランスの上に成り立っているような演奏とは全く異なります。ブルドーザーのように突き進む力強さ、直情的な気持の爆発、装飾を排した直接的な情景表現というイメージで、時として粗いとも思えますが、心にダイレクトに迫って来る迫力があります。不思議にとっても気持ちが惹き付けられるのです。

 改めて、エッジが効いた、素晴らしいコンビだと思いました。



※アルカーディ・アルカーディエヴィチ・ヴォロドス。すごい拍手を浴びてました。




※リッカルド・シャイーとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団。これも拍手の渦。




 

Gewandhaus Orchestra Leipzig / Chailly
Tchaikovsky Piano Concerto No1 & Respighi Pines of Rome
2 December 2010 / 19:30
Barbican Hall

Tchaikovsky Piano Concerto No 1
Tchaikovsky Francesca da Rimini
Respighi Pines of Rome

Gewandhaus Orchestra Leipzig
Riccardo Chailly conductor
Arcadi Volodos piano
The Gewandhaus Orchestra

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とある職場の風景 めでたいウィリアム王子のオコボレは・・・・

2010-12-02 22:44:57 | ロンドン日記 (日常)
 ここ数日、2018年のワールドカップ開催地選考を巡って、最後の盛り上がりを見せていたイギリス。今日はウイリアム王子とベッカムがイングランド代表として、FIFA本部のあるチューリッヒ入り。(写真はロイターから拝借)

 雪のせいで人影が普段より2割は少ない職場では、朝から総務の担当者からこんな全社員メールが・・・


From: XXXXX XXXXX
Sent: 02 December 2010 YY:YY
To: UK Team
Subject: World Cup Announcement - 2:45PM


Good morning all,

For those of you who are interested (and in the office) we will be screening the World Cup Bid Announcement in XXXXX(会議室) from 2:45pm.

Regards
XXXXX


 「ここまで、やるか~」とも内心思ったが、「まあ、いいっか。結構、みんな期待してるんだなあ~」と発見。

 ちょっとどんな盛り上がりをイギリス人たちが見せてくれるかも興味があったが、残念ながら私は午後から外出の予定が入っており、一緒に楽しむことはできなかった。

 結果は・・・・報道されているとおり、20108年はロシア、2022年はカタール。めでたいウィリアム王子のおこぼれは、残念ながらサッカーには廻ってこなかった。とことんさえない今年のイギリスサッカー界であった。

 外出の予定が入っていてかえって良かったかも・・・


 2010年12月2日




※付録 今日の雪のセントーポール寺院 夕方17:30過ぎ とっても美しかった





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London Walks: Westminster at War

2010-12-01 22:25:24 | ロンドン日記(イベント、観光、スポーツ)
 今日もロンドンは冷蔵庫状態。気温はO℃だけど、体感温度はー7℃だそうです。

 さて、先日の日曜日にLondonのウオーキングツアー(London Walks)のWestminster at Warに参加しました(HPはこちら→)。ロンドンの中心地ウエストミンスター・エリア界隈を歩きながら、ロンドンにとっての第2次大戦を振り返るという企画です。

 初めて知ったのですが、第2次大戦時イギリスでは、空爆などで一般人が6万人、そのうちの半分の3万人がロンドンで亡くなっているそうです。

 集合はエンバンクメント駅で、そこからテムズ川&ウォータルー橋→チャリングクロス駅→トラファルガー広場→レスタースクエア→ピカデリーサーカス→ジェルマイン・ストリート→セント・ジェームス・スクエア→キャビネット・ウオー・ルームを廻るというという全2時間半のコース。

 史跡を見て廻るというよりは、歩きながらこのエリアは戦争時どうだったのか?という話をガイドさんが、新聞、雑誌等からの自家製スクラップブックをもとに、話をしてくれます。普段、しばしば通るエリア、ストリートではありますが、ガイドさんの話を聞くことで、見慣れた風景が違って見えるという興味深い体験をすることができました。

 その中の幾つかのスポットをご紹介します。

(チャリングクロス駅)
この駅から発車する列車に乗って、サセックス地方(ロンドン南東部)に多数の児童が疎開したそうです。そしてこの駅の地下やセントマーティンフィールド教会のちかは防空壕として使われていました。



(トラファルガー広場)
ナショナルギャラリの絵は殆どが戦災を避けるためにウエールズに移されたとか。トラファルガー広場の一番のモニュメントであるネルソン提督の像も、戦時中は、その象徴的重要性から一時取り外され、避難したそうです。


(レスタースクエア付近)
レスタースクエア付近は空襲でボロボロ。日本の家は木でできているので空襲後の写真は焼け野原ですが、イギリスの建物は石で出来ているので空襲を受けたあとの写真は瓦礫のやまです。写真は大熱弁のガイドのヘレ‐ネさん。


(ピカデリーサーカス)
ピカデリーサーカスのエロス像も取り外されて避難したとのことでした。


(アイゼンハワー居住地)
連合軍のアメリカアイゼンハワー将軍が戦時中に滞在した建物。1942年に、アイゼンハワーはロンドンに司令部を置くヨーロッパ戦域司令官に着任して以来、1944年まで連合軍全軍の最高司令官として重責を担いました。
 

(ホースガードパレード前の記念碑)
 第1次隊大戦後の戦死者を祀っています。



 最後はチャーチルが戦時中に指揮を執ったキャビネット・ウオー・ルームの前で解散です。零下の気温かと思われるる寒さの中での見学は正直、体には堪えましたが、とても勉強になりました。 現代史に関心のある方にはお薦めです。


 2010年11月28日 参加

 ※付録

 今日の通勤、帰り道。寒そうでしょ。

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