大阪と奈良の一部地域で、朝の10時過ぎから正午過ぎまで停電が発生した。
我が家もその一部地域で、朝突然電気が消えた。
すぐに復旧するものと思っていたが、結局2時間ほどかかった。
洗濯機が止まった、水道が出ない、トイレが使えないと、家内は大騒ぎで、まるで原因が私にあるかのような口ぶりだ。
子供の頃の田舎ではよく停電が発生した。
雷雨の夜などは尚更だった。
仏壇のロウソクをテーブルに立てて夕食を食べたこともあった。
久しぶりの停電で何が困ったかというと、トイレや水道ではなく、パソコンが使えないことだ。
生活必需的な電力はもちろん、情報も電気的なものだと思い知る。
電気がなければこの世は終わりだ。
その電力はまだまだ70%以上を火力発電に頼っている。
その主な原料の石油が枯渇するという噂を耳にして、もうすでに数十年が経つが、一向に枯渇したという話は聞かない。
本当のところどうなっているのだろう。
石油に代わる、賛否喧しい原子力発電はたったの4%ほどの割合だ。
それへのシフトはまだ何十年も先だろう。
余談だが、停電で、昔読んだジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」を思い出した。
ビューリッツァー賞を受賞したくらいだから、名作なのだろうが、その内容はまったく思い出せない。
要は私の心の琴線に触れたのが、タイトルだけだったのだろう。
我が家もその一部地域で、朝突然電気が消えた。
すぐに復旧するものと思っていたが、結局2時間ほどかかった。
洗濯機が止まった、水道が出ない、トイレが使えないと、家内は大騒ぎで、まるで原因が私にあるかのような口ぶりだ。
子供の頃の田舎ではよく停電が発生した。
雷雨の夜などは尚更だった。
仏壇のロウソクをテーブルに立てて夕食を食べたこともあった。
久しぶりの停電で何が困ったかというと、トイレや水道ではなく、パソコンが使えないことだ。
生活必需的な電力はもちろん、情報も電気的なものだと思い知る。
電気がなければこの世は終わりだ。
その電力はまだまだ70%以上を火力発電に頼っている。
その主な原料の石油が枯渇するという噂を耳にして、もうすでに数十年が経つが、一向に枯渇したという話は聞かない。
本当のところどうなっているのだろう。
石油に代わる、賛否喧しい原子力発電はたったの4%ほどの割合だ。
それへのシフトはまだ何十年も先だろう。
余談だが、停電で、昔読んだジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」を思い出した。
ビューリッツァー賞を受賞したくらいだから、名作なのだろうが、その内容はまったく思い出せない。
要は私の心の琴線に触れたのが、タイトルだけだったのだろう。
狙いは読後感。読めばわかる、あるいは読んでもわからないかもしれないが、なんとなく心の片隅に残る奇妙な違和感。ありきたりで普通を装った妙な安心感。 そんな小説を、Amazon Kindle Storeに30数冊アップしています。★★ 拙著電子書籍ラインナップ・ここから買えます。
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