子供の頃はテレビっ子と呼ばれた世代の私だが、ここ20年来あまりテレビを観ない。
かろうじて観るのがニュースくらいだ。
昔はよく観たドラマにせよ、バラエティにせよ、ワイドショーにせよ、今は観る気がしない。
要は面白くないのだ。
その原因は、興味がインターネットにシフトしたということもあるだろうが、マンネリ化した番組作りにもあるだろう。
また、私の興味や好奇心、感動などのエモーショナルな情動が、加齢によって低下したこともその要因だろう。
66年も生きていると、その経験や慣れから、何事も広く浅く知り尽くして、興味や好奇心の対象も少なくなるし、感動的な出来事とも滅多に遭遇しない。
年寄りが無表情になったり、逆にキレたりするというのが、なんとなくわかるような気がする。
無表情は無関心、無感動の表れだし、キレるのはそんな現状に対する苛立ちだろう。
昔、私たちの世代は三無主義(無気力、無関心、無責任)と揶揄されたが、今まさに無気力、無関心、無感動の第二期三無主義かもしれない。
今後、もっと加齢が進むと、私もそんな悲しく侘しい老人になるのだろうか。
かろうじて観るのがニュースくらいだ。
昔はよく観たドラマにせよ、バラエティにせよ、ワイドショーにせよ、今は観る気がしない。
要は面白くないのだ。
その原因は、興味がインターネットにシフトしたということもあるだろうが、マンネリ化した番組作りにもあるだろう。
また、私の興味や好奇心、感動などのエモーショナルな情動が、加齢によって低下したこともその要因だろう。
66年も生きていると、その経験や慣れから、何事も広く浅く知り尽くして、興味や好奇心の対象も少なくなるし、感動的な出来事とも滅多に遭遇しない。
年寄りが無表情になったり、逆にキレたりするというのが、なんとなくわかるような気がする。
無表情は無関心、無感動の表れだし、キレるのはそんな現状に対する苛立ちだろう。
昔、私たちの世代は三無主義(無気力、無関心、無責任)と揶揄されたが、今まさに無気力、無関心、無感動の第二期三無主義かもしれない。
今後、もっと加齢が進むと、私もそんな悲しく侘しい老人になるのだろうか。
狙いは読後感。読めばわかる、あるいは読んでもわからないかもしれないが、なんとなく心の片隅に残る奇妙な違和感。ありきたりで普通を装った妙な安心感。 そんな小説を、Amazon Kindle Storeに30数冊アップしています。★★ 拙著電子書籍ラインナップ・ここから買えます。
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