「五島列島キリシタン物語 縦断クルーズ編」で、
久賀島(ひさかじま)の牢屋の窄(さこ)殉教記念教会、旧五輪教会堂、
奈留島(なるしま)の江上天主堂、若松島のキリシタン洞窟、ハリノメンドを巡ります。
世界遺産となっているのは、「久賀島の集落」と
「奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)」です。
まずは、福江港から久賀島の田ノ浦港へ。
参加者は10人。ガイドさんは、若松島出身で、久賀島にもう42年住んでいる経験豊かなお方です。
久賀島に長年住んでいるため、経験に基づいた興味深いお話ばかりです。
この地では、明治初期に一番迫害を受けました。
狭い牢屋に200人が入れられ、子どもも含め、42人の死者が出ました。
毎年10月に殉教祭が行われるそうです。
久賀島は、現在、人口は250人ほど。そのうちカトリック信者は約50人。
お世話になった貸切タクシーの運転手さん(後期高齢者)はカトリックとのこと。
旧五輪教会堂へ向かう道は、対向車が来たらすれ違うことができないような細い道が続き、
私は思わずガイドさんに、「ポツンと一軒家」に出てくるような道ですね!と。
運転手さんのハンドルさばきは、見事!としかいいようがないです。
ガイドさんが住んでいる地区も通り、さまざまなお話を伺いました。
高齢化が進み、自分は後期高齢者なのに、若いほう。
90代の人も畑仕事などして、働いているから元気。
やはり若い人は出ていって、帰ってこないので、この地区の3分の2くらいが空き家。
旧五輪教会堂へは、車で行くことはできず、手前のほうから
こんな道を500mほど、歩いて向かいます。
島の人にとっては、海は道路と同じで、船で行くほうが便利のようです。
現役の五輪教会(右側)と、旧五輪教会堂が見えてきます。
今日も絶好のクルーズ日和で、美しすぎる海!
五輪(ごりん)という地区で、苗字としては、「ごりんさん」と「いつわさん」両方がいたそうです。
現在は、もう1家族2人しか住んでいません。
実は、五輪真弓のお父さんが19歳まで久賀島に住んでいたそうで、
おじいさんのお墓もこちらにあるとのこと。
カトリック信者だったようです。
こちらは現役の五輪教会。ほかの地区からも信者さんが来ています。
透明度がすごいです。
明治14(1881)年に建てられ、昭和6(1931)年にこちらに移築されました。
ここはもう使われていないため、中の写真を撮ることが可能です。
教会がどういった建て方をしているかよく分からない時代、
長崎の大浦天主堂を見に行って、実際に建てたのは仏教徒の船大工4人。
この窓が、海の青さと相まって、美しい!
台風や大雨にもよく耐えてきたと思います。
素晴らしい教会です。
車がやっと1台通れるほどの道、駐車場からの美しい風景を見ながらの道のり、
透明度が抜群の海の目の前に佇む木造の教会、
全てが一体となって、感動的な訪問となりました。
ここからは、海上タクシーで、隣の奈留島へ移動します。
久賀島(ひさかじま)の牢屋の窄(さこ)殉教記念教会、旧五輪教会堂、
奈留島(なるしま)の江上天主堂、若松島のキリシタン洞窟、ハリノメンドを巡ります。
世界遺産となっているのは、「久賀島の集落」と
「奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)」です。
まずは、福江港から久賀島の田ノ浦港へ。
参加者は10人。ガイドさんは、若松島出身で、久賀島にもう42年住んでいる経験豊かなお方です。
久賀島に長年住んでいるため、経験に基づいた興味深いお話ばかりです。
この地では、明治初期に一番迫害を受けました。
狭い牢屋に200人が入れられ、子どもも含め、42人の死者が出ました。
毎年10月に殉教祭が行われるそうです。
久賀島は、現在、人口は250人ほど。そのうちカトリック信者は約50人。
お世話になった貸切タクシーの運転手さん(後期高齢者)はカトリックとのこと。
旧五輪教会堂へ向かう道は、対向車が来たらすれ違うことができないような細い道が続き、
私は思わずガイドさんに、「ポツンと一軒家」に出てくるような道ですね!と。
運転手さんのハンドルさばきは、見事!としかいいようがないです。
ガイドさんが住んでいる地区も通り、さまざまなお話を伺いました。
高齢化が進み、自分は後期高齢者なのに、若いほう。
90代の人も畑仕事などして、働いているから元気。
やはり若い人は出ていって、帰ってこないので、この地区の3分の2くらいが空き家。
旧五輪教会堂へは、車で行くことはできず、手前のほうから
こんな道を500mほど、歩いて向かいます。
島の人にとっては、海は道路と同じで、船で行くほうが便利のようです。
現役の五輪教会(右側)と、旧五輪教会堂が見えてきます。
今日も絶好のクルーズ日和で、美しすぎる海!
五輪(ごりん)という地区で、苗字としては、「ごりんさん」と「いつわさん」両方がいたそうです。
現在は、もう1家族2人しか住んでいません。
実は、五輪真弓のお父さんが19歳まで久賀島に住んでいたそうで、
おじいさんのお墓もこちらにあるとのこと。
カトリック信者だったようです。
こちらは現役の五輪教会。ほかの地区からも信者さんが来ています。
透明度がすごいです。
明治14(1881)年に建てられ、昭和6(1931)年にこちらに移築されました。
ここはもう使われていないため、中の写真を撮ることが可能です。
教会がどういった建て方をしているかよく分からない時代、
長崎の大浦天主堂を見に行って、実際に建てたのは仏教徒の船大工4人。
この窓が、海の青さと相まって、美しい!
台風や大雨にもよく耐えてきたと思います。
素晴らしい教会です。
車がやっと1台通れるほどの道、駐車場からの美しい風景を見ながらの道のり、
透明度が抜群の海の目の前に佇む木造の教会、
全てが一体となって、感動的な訪問となりました。
ここからは、海上タクシーで、隣の奈留島へ移動します。
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