前日から予定していた紅葉鑑賞ドライブに、28日(昨日)妻を連れ立って行ってきました。
あきる野市五日市(いつかいち)の本宿から入り、目当ての奥多摩周遊道を満喫快走して奥多摩湖に至る。帰途は道なりに青梅街道に抜けて文字通り奥多摩一周のドライブである。
天気は予報に反して曇り空であったけれど、薄雲を通しての視界は明るい。
多摩川を渡り五日市街道を西進。あきる野市街のコンビニに寄り、昼食用のおにぎりを買ってから多摩の奥地へと向かう。お茶はポットに入れて持って来た。
街道の終点である五日市を過ぎると、甲州への裏街道に入る。人家は落人の隠れ家のようにひっそりと沢筋に点在し、緩やかな勾配の曲がりくねった杉林の中を、縫うように車を走らせた。行き交う車は殆んど無い。
この道筋に秋川の源流域があり、川向いに「かけ流し瀬音の湯」の建物が見えてくる。そこを過ぎると 数馬までは寂しい山中行であった。
「どこに行くのかしら…」妻が心配そうに言う。
「山道だけど、この先に素晴らしい景色があるんだ」「知る人ぞ知る絶景が待っている、、、その知る人こそがお父さんさ」
夫の言い方が可笑しかったと見えて、妻は「ハハハ」と笑う。
数馬は兜屋根の家があるところで知られている。どっしりとした民家の構えは甲州との繋がりを感じさせる。
近年、と言っても随分前になるが、この数馬にも温泉が湧き出た。駐車場に5~6台の車が停まっているのを横目に、登坂の周遊道に入る。ここからは高原道路のような山上の舗装道が山を巻き、左手に山肌を抱いて右手に深い谷を見下ろす景観の連続が待っているはず。
山上の見晴らし台に着いたときは谷あいから霧が上がってきていた。もこもこと湧き上がってくる。足元から10メートルくらいまでの視界だ。幻想的な天然の舞台装置の出現に、感動と諦めの混同する中で咄嗟に浮かんだ歌を口ずさむ。
山間(やまあい)の霧はさながら海に吠(似)て 波かと聞けば松風の音
妻は「すごい!」と感心している。絶妙の符合だったのだから無理もない。
「伊達政宗の歌で『山家霧』という歌さ」
「な~ンだ、お父さんが作った歌かと思った」「それにしても瞬間的によく出たね!」
「運転している最中に歌なんか作れないよ」「み~んな借り物…」
霧の中では昼食を取るのも味気ない。見晴らし台を離れて行く手の奥多摩湖を目指す。
車を走らせながら左手の山肌を眺めていると、道路から上方は霧も無くはっきりと樹木の色合いが見て取れた。
大方の落葉樹は黄葉の鮮やかさも消えて冬の装いの色を見せているが、ひと際目立つ楓の赤は行く手行く手で眼を楽しませてくれた。妻の眼元も満足そうである。
足下の奥多摩湖が見えてきた。山の中腹にはまだ霧が籠っていたが、湖水の辺りは何処までも視認できた。
湖水脇の公営駐車場に車を止めて、少し遅い昼食にありついた。
青梅街道を経て帰宅するまで、全行程4時間少々の手ごろなドライブでした。