Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

タル・ベーラ監督「サタンタンゴ」

2019年09月26日 | 映画
 タル・ベーラ監督の映画「サタンタンゴ」は上映時間7時間18分なので(実際の上映では途中に休憩が2度入る)、観るには相当の覚悟がいる。でも、実際に観ると、その長さは苦にならない。一定のリズムというか、ゆったりしたペースがあるので、そのペースに乗れば、スクリーンに展開するドラマに身を委ねることができる。

 場所はハンガリーの寒村、時は社会主義時代の末期。だが、そんな場所も時も超えた神話性が本作にはある。それはどんな神話か。行き詰まった世界の神話。今の時代の暗喩のようでもある。本作は1994年の完成だが(今回は日本初公開)、わたしは25年前の作品とは感じなかった。今の日本の危うさの寓話のように感じた。

 全体は2部に分かれる。第1部では寒村に住む人々が描かれる。疲れ切って、貧しく、酒や性など一時的な享楽にふける。第1部は(そして第2部もそうだが)6章に分かれている。おもしろいのは、第1部では各章の視点が異なる点。たとえば人々が酒場で酔い、ダンスに興じる場面がある。外は雨。少女が雨に濡れながら、酒場の中を覗いている。そこにアル中の老医師が通りかかる。少女は「先生!」と声をかけて飛び出す。老医師は転び、悪態をつく。少女は逃げる。

 この場面が3度出る。最初は老医師の生活を描く中で(第3章)、次に少女の生活を描く中で(第5章)、3度目はダンスに興じる人々を描く中で(第6章)。それぞれのコンテクストで同じ場面が登場する。寒村を多層的に描く手法だろう。

 第2部では、1年ほど前に姿を消して、「死んだ」といわれている男イリミアーシュが戻ってくる。弁舌巧みに人々に、貧困から抜け出すために、荘園経営を持ちかける。人々はイリミアーシュを信用して、ありったけの金を拠出し、荘園(=約束の地)に向かうが‥。

 本作のメッセージは「救済者(=扇動者)には気をつけろ」だろう。そのメッセージが今の日本にも当てはまる。だれが扇動者か。なにが狙いか。

 本作は「長回し」のカットが特徴だ。一つのカットが延々と続く。冒頭では、廃墟と化した農場から、牛が何頭も出てくる。交尾する牛もいる。そんな牛の群れが、あてどなく右往左往する場面が延々と続く。その情景が目に焼き付く。また、全編にわたって、雨と泥道が映し出される。本作の主役は雨と泥道だ。冷たい雨が人々の顔を打つ。泥道が人々の足をすくう。雨と泥道の質感が圧倒的だ。

 本作は多くの謎を残したまま終わる。だが、物語は終わっていない。ずっと続く。
(2019.9.19.イメージフォーラム)

(※)本作のHP

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