Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

食べられるお花のケーキ

2022年05月09日 | 家庭

函館のFlower Picnic Cafeという会社の「食べられるお花のケーキ」
まるで生花のようなお花、というキャッチコピーですが、確かにこの花に目を奪われました。
可愛らしい薔薇の花、バタークリームで作られているというので、アメリカで食べた死ぬほど甘いバタークリームのケーキを思い出したのですが、こちらは甘さもほどよく、意外にあっさりとしていました。



黄色い花の下は、クランベリーとシナモンが入ったキャロットケーキ、
青い花の下はラムレーズンが入ったチョコレートケーキ。
ちょっとしたプレゼントにしたら喜ばれそうです。



こちらは、珍しくもなんともない昨日の昼食。
ハムとキュウリのホットサンド、シナモンロール、フルーツ、コーヒー。
さて、このお花のケーキとカーネーションの鉢は、母の日に息子たちに何も貰えなかった私を気の毒がって夫が買ってくれたのでありました。

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見栄えはしないけれど

2022年05月08日 | お出かけ

普段から毎週末ゴルフに行っている夫は、この連休中にも3回コースに。
留守中、私はいつものように読書や絵描きやガーデニングなどの趣味で過ごし、合間に息子たちも来てくれて楽しい思いをしたのですが…
おさんどんや片付けをするのは当然私だし、連休の特別感が何もないじゃん!?という思いが。
その気配を感じ取ったのか、昨日もゴルフに出かける予定だった夫がその前夜、帰りに渋谷で待ち合わせて食事しようと言い出しました。


私は早目に出かけて、新宿の伊勢丹(上の写真)で買い物をし、その近くの小さな美術館の展覧会に。
久しぶりに行った伊勢丹の人出に驚きました。
マンボウ実施の頃、新宿で映画を観たついでに寄った伊勢丹は、気の毒なほどに人がいなかったのです。
あの広いワンフロアにお客は数えるほどしかいないという感じで、沢山の店員が所在なさげに立っていました。
出口の見えないコロナ禍において、衣服だの化粧品だの買う気にもなれなくて、私もそそくさと帰ったのですが、昨日はもうコロナ前と同じような人混みで賑わっていました。
香水と化粧品の匂いと、さんざめく人々の熱気。
やっぱりデパートはこうでなくっちゃね。



アルタの横の3Dキャッツは、昨日も元気に飛び出していました。
が、その右隣の百果園が閉店してしまったのは悲しい。
私の学生時代からある、カットフルーツを売っている果物屋だったのに。
友人情報によると、有楽町店も閉店だそうです。
コロナ禍でどれだけのこうしたお店がなくなったことか。



展覧会のことはまた後ほど。
その後の夕食は急に決めたことだったので予約もしなかったのですが、折角だからちょっと気になっていた「燻製BARオリオン」に。
私は飲めないし、それでもよく出かけていた友人たちとの飲み会はコロナ禍でまったくなくなってしまったし、
こういった店はランチもないので、夫と行くしかない。
燻製チーズと燻製オリーブの突出しから始まって、燻製チキンや燻製ゆで卵を入れたシーザーサラダ、燻製牡蠣のアヒージョ、燻製砂肝のコンフィ、燻製の牛タン、燻製ベーコンのカルボナーラなど。
薄暗いし、燻製は色が薄茶色だったりで見栄えがしないので、写真はアヒージョだけ。
でも自家製だという燻製の料理の数々、ちょっとくどいが美味しく頂きました。
こちら季節のフレッシュフルーツ・カクテルも売りだというのに、私はパッションフルーツのモヒートだけでもうギブアップ。
残念…




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花の色はうつりにけりな

2022年05月07日 | 家庭

3年ぶりの制限なしの連休ということで、各地の行楽地は人で溢れているようです。
もとより出好きで、しかも最近オミクロン株に感染した友人知人は皆軽症と聞いている私にとっては、これは嬉しいニュース。
でも、あれだけコロナ対策優等生だった台湾が最近になって感染者急増しているとか、あんなに厳しくロックダウンしている中国で、まだしぶとく増えている(数字は微々たるものですけど)などというニュースを聞くと、コロナはこのまま収束してくれるのかと不安になります。
いつまでコロナとの闘いは続くのか?


FBの「過去のこの日」のお知らせで、2013年5月7日の写真(上)が出て来ました。
これは以前住んでいたマンションのベランダで、ゼラニウムで溢れています。
2014年に今のマンションに引越して、ガーデニング用のシンク付きのルーフバルコニーに喜んだものの、高所すぎての強風烈陽で長年可愛がっていたゼラニウムは全滅。



これが2018年5月7日の写真。
この時はカランコエを中心に、蔦(ヘデラ、オカメヅタ)を植えたのですが、その後、蔦も全滅。
今はカランコエを含めて、ほぼ多肉だけのバルコニーとなりました。



まったく、植物がこんなに風に弱いとは知らなかった。
そうかと思うと、最近驚いたのがこちら。



写真の鉢には多肉が植わっていますが、その右は柵の外。
コンクリートの上に僅かに溜まった土に、多肉のマンネンソウが勝手に増殖して開花したのです。
恐るべし、多肉の繁殖力。

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「掃除婦のための手引き書」ルシア・ベルリン作品集

2022年05月02日 | 


レイモンド・カーヴァーも影響を受けたというこの人の本を、楽しみにしていました。
2020年本屋大賞「翻訳小説部門」第2位。

なんとまあ、物凄い人生を送った人です。
訳者後書きによると1936年アラスカに生まれ、鉱山技師だった父親の仕事の関係で、アメリカの鉱山町を転々とする。
テキサスの母の実家に移り住んだ時には、祖父も叔父も母もアルコール中毒という環境。
アメリカでは下層階級だったのに、父親の転勤でチリに行ったらいきなり上流階級の暮らし。
ニューメキシコ大学在学中に最初の結婚、その後3度の離婚を経験し、高校教師、掃除婦、電話交換手、看護師などしながら、シングルマザーとして4人の息子を育てる。
アルコール中毒に苦しみながら小説を発表、最終的にコロラド大学の教授となるが、2004年癌で死去。
彼女の作品は死後10年を経て再発見され、近年、評判になっているのだそうです。

この短編集は訳者によると、ほぼすべてが彼女の実人生から材を取っているのだと。
鉱山町で過ごした幼少期、テキサスの祖父母の家で過ごした少女期、お屋敷で過ごしたチリのお嬢時代、4人の子供を抱えたブルーカラーのシングルマザー期、メキシコで癌で死にゆく妹を看取った日々。
驚くほどに起伏に満ちた人生を短編に切り取りながら、彼女の文章は何処か冷めていて、ユーモアをたたえている。
「冷徹な洞察力や深い教養と、がらっぱちな、ケツをまくったような太さが隣り合わせている」のです。

祖父母の家で過ごした、暗黒の少女時代を切り取った一場面。
”祖父が酔っぱらうと、捕まって揺さぶられるので、わたしはいつも隠れた。一度は大きな揺り椅子の上でそれをやられた。わたしを押さえつけ、かんかんに焼けたストーブすれすれに椅子が激しく上下し、祖父のものがわたしのお尻を何度も何度も突いた。大声でがなる。あえぐ、うなる。すぐそばには祖母がいて、わたしが「メイミー!助けて!」と叫んでも、座って聖書を読むだけだった”

いやいや、こんな経験をしたら、私だったらもうそれだけで一生苦しみそうです。
しかしこの人はその後、何度も恋愛、不倫、離婚を繰り返し、アルコール中毒を克服し、自分の人生を文学に昇華している。
凄いなあ…
原題は「A manual for cleaning women」といいます。

公式HP 

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