法律の定めを無意味とするのが正真正銘無法国家
政治資金規正法に違反したことが明るみに出たために外相辞任に追い込まれた前原誠司氏の問題について論議が繰り広げられているが、ふたつの問題を混同して論じているものが非常に多い。
前原氏が親しくしていた外国人から年間5万円、4年間で20万円の政治献金を受けていたことが政治資金規正法に違反するとして、前原氏は外相を辞任した。金額が小さいから、この措置は厳しすぎるとの論がマスゴミによって喚起されている。
しかし、「金額が小さいのに厳しい処分は不当だ」との批評は、この法律に対する批評である。法律の定めが適正なものであるのかどうかについては議論の余地があるだろう。
他方、法律によって厳しい罰則が規定されている現実を踏まえれば、辞任は当然であるとの主張は、現実の法律の規定に基づいた批評である。
「法治国家」である以上、後者の考え方が正当である。法律の定めが妥当でないとの評価を、前原氏への措置が厳しすぎるとの評価にすり替えてはならない。
政治資金規正法第二十二条の五は、
「外国人から政治活動に関する寄附を受けてはならない」
ことを定めている。
そして、第二十六条の二に、これに違反した者は、
「三年以下の禁固または五十万円以下の罰金に処する」
と定めている。
この法律の条文は金額の多寡による区別をしていない。少ない金額の献金も違法行為であると定め、罰則には三年以下の禁固または五十万円以下の罰金が科せられる。非常に重い刑罰が用意されている。
したがって、政治家のサイドは、献金のなかに外国人からの献金が紛れ込んでいないかを念を入れてチェックしなければならないのだ。日本名で献金をされたらチェックが難しいとの反論があるが、献金を受ける際に、国籍を証明できる書類の添付をお願いするなどの努力が当然求められる。
法律が存在する以上、その法律を尊重しないわけにはいかない。法律に定めがあるのに、この法律は厳しすぎると各人が勝手に評価して、法律に違反して法律に規定されている処罰を受けたときに、法律が悪いと言っても、通用はしない。すべての個人がすべてばらばらな主張を始めて、それらの主張が尊重されるなら、法律は意味をなさなくなる。
法律の規定に問題があるなら、法律を改正すればよいのだ。政治献金を行う際に、寄付行為者に国籍申告の義務を課し、この寄付行為者が虚偽の申告をした場合には、寄付行為者を処罰するように法律を改正するのも一案だろう。
あるいは、年間百万円までの寄附については、違反の罰則を例えば五十万円以下の罰金とすることなど、いくらでも検討できる。
要するに重要なことは、法律の定めを明確にしておいて、違反は違反で厳正に対処することだ。法律を明確に定め、法律は厳正に運用する。これが近代国家の基本である。
前原氏は外国人から献金を受けてはならないとの法律の規定に反して外国人から献金を受けた。これは、明確に法律違反なのである。
「献金を受けていたことを知らなかった」と述べたことが、「故意でない」ことを立証しているのかどうかの判定は、裁判所が行うことであるが、これが通用するなら、犯罪の立証など、ほとんど不可能になる。
前原誠司氏が激しく攻撃してきた小沢一郎氏の政治資金管理団体の問題を見てみよう。
問題が表面化したのは2009年3月3日。この年の5月11日に小沢氏は民主党代表を辞任することを表明した。次の展開があったのは、2010年1月15日である。
小沢氏の公設第一秘書大久保隆規氏は、新政治問題研究会と未来産業研究会からの献金を、事実通りに記載して収支報告書を提出した。
政治資金規正法第九条は、寄附について、
「寄附をした者の氏名、住所及び職業(寄附をした者が団体である場合には、その名称、主たる事務所の所在地及び代表者の氏名)」
を記載することを定めている。
大久保氏は、寄附をしたのが上記の二つの団体であったことから、その二つの団体の名称等を記載して収支報告書を提出した。
ところが、検察はこの献金の資金の出所が西松建設であるとして、寄附をした者として、「西松建設」と記載すべきで、「新政治問題研究会」と「未来産業研究会」と記載したのは「虚偽記載」だとして大久保秘書を逮捕して、起訴したのだ。
ところが、これから10ヵ月が経過した2010年1月13日、大久保氏の第2回公判で、西松建設元総務部長岡崎彰文氏が証人として出廷し、二つの政治団体には実体があり、そのことを大久保氏にも伝えていたことを証言した。
つまり、大久保氏の行為は、完全に合法なもので、検察が主張した「西松建設」との記載が「虚偽記載」と言えるものだったことが判明した。
何を言いたいのかと言うと、小沢氏の問題が表面化した時に、メディアがこれらの内容を報道したのかということ、少し調べればすぐにわかるこれらの内容を民主党議員がよく調べて、小沢氏の擁護に回ったのかということだ。
この内容を知れば、誰がどう見ても、検察の暴走は明白である。当時、ささやかれていたのは、これは入り口であって、本丸は裏献金や賄賂だとの「がせねた」であった。
その憶測が正しく、その本丸が表面化した段階で、小沢氏に対して厳しい意見が党内から出てくるのは理解できる。
しかし、前原誠司氏、岡田克也氏、枝野幸男氏は、そうなる前の段階で、小沢氏を擁護せずに、検察を擁護したのだ。
小沢氏に非は一点もなかったにもかかわらず、1年間、小沢氏は攻撃を受け続けた。その攻撃をした中心人物に、前原氏、岡田氏、枝野氏、仙谷氏、菅氏が入る。前原氏は自分が投げたブーメランが舞い戻って首を切られたのだ。
小沢氏は誰がどう見ても「真っ白」であったのにもかかわらず、検察から攻撃を受けた。民主党の同僚議員であるなら、結束して検察の横暴と闘わねばならない局面で、前原氏などの一部議員が検察と結託して小沢氏を攻撃したのだ。
この事実を決して忘れてはならない。
前原氏の今回の問題では、法律違反は明確である。献金をしてきた知人女性意が前原氏に献金の事実を話したことが過去に一度でもあるなら、「過失」説は完全に消える。三年以下の禁固または五十万円以下の罰金が科せられることになる。
「法の下の平等」、「罪刑法定主義」に基づき、前原氏に対する取り調べが直ちに行われなければならない。当然、知人女性に対する事情聴取は不可避だ。
無実潔白の人間を突然、逮捕、勾留、起訴して犯罪者に仕立て上げる。他方で、明らかな犯罪者を無罪放免する。こんな途方もない裁量権が、日本の警察と検察に与えられている。はらわたが煮えくりかえる。
「日本いまだ近代国家に非ず」
だ。
日本いまだ近代国家に非ずー国民のための法と政治と民主主義ー
著者:小室 直樹
販売元:ビジネス社
Amazon.co.jpで詳細を確認する
日本の独立
著者:植草一秀
販売元:飛鳥新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する
誰が日本を支配するのか!?政治とメディアの巻
販売元:マガジンハウス
Amazon.co.jpで詳細を確認する
売国者たちの末路
著者:副島 隆彦,植草 一秀
販売元:祥伝社
Amazon.co.jpで詳細を確認する
知られざる真実―勾留地にて―
著者:植草 一秀
販売元:イプシロン出版企画
Amazon.co.jpで詳細を確認する