この祭りの起源は古く、欽明天皇(540~571)の御世の時、凶作に見舞われ飢餓疫病が流行った為、天皇が勅使をつかわし「鴨の神」の祭礼を行ったのが始まりとされています。上賀茂、下鴨両神社の例祭で、祇園祭り、時代祭りとともに京都の三大祭りに数えられます。
5月15日の葵祭りの当日は、内裏神殿の御簾(みす)をはじめ、御所車、勅使、供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで、全て葵の葉と桂の小枝で飾ったことから「葵祭り」と呼ばれています。
葵は、賀茂神社の神章で、徳川家は、三つ葉葵ですが、これは葵の葉を三つ並べて図案化されたものです。
装束の着付け、調度など平安期の文物風俗を忠実に保っています。
本来、勅使が下鴨、上賀茂両神社で天皇が祝詞を読み上げ、お供えを届けるのが目的で五穀豊穣を祈りました。
去年の斎王 フタバアオイ
祭りは、宮中の儀・社頭の儀・路頭の儀から構成されていますが、我々が見ることが出来るのは、路頭の儀だけです。
その行列は、第1列は検非違使・山城使、第2列は御幣櫃(ごへいびつ)・馬寮使・牛車、第3列は舞人・近衛使、第4列は陪従・内蔵使、斎王列には、斎王・女人が続きます。
行列の最高位の人は、勅使ですが、代々旧華族の宮内庁の掌典が努めます。
斎王は、未婚の内親王が務めましたが、現在は京都在住の未婚女性から選ばれています。
行列の先導は乗尻と呼ばれる騎馬列から始まり、行列の先払い(素襖)、検非違使、鉾持、山城使(山城の国の次官)、衛士等が行列を練ります。
三大祭りの内、この葵祭りだけ見ていませんので、来年には是非見物に行きたいと思っています。 憶えてるかな????