五色沼探勝路を14:46
裏磐梯ビジターセンターから入り、
裏磐梯物産館のところから車道に出る。
すでに16:45で物産館は終わっててお土産みれなかった。
見事に青い湖面は、やっぱり青沼やろね。
このアングルが50年前の記念写真と同じように見える。
撮影時刻16:26、ということは車道から20分近く中に入ってるね。
半世紀前に五色沼湖群を歩いた記憶はないけど。

入浴剤を入れたような青い色には理由あります。

コロイド粒子の層に太陽光が反射するからだって。

こんなに透明度の高い水なのに酸性度も高く

弁天沼のそばの水は少し赤色で鉄臭する。
それが沼にたまるとコロイドで変色!
磐梯山は1888年に水蒸気噴火しました。
崩落した山頂部の土砂が周辺集落5村をのみこみ500人ほどが亡くなった。
明治維新の戊辰戦争の後、明治21年7月15日のことでした。
それから30年近くは荒廃してたそうです。
崩落した土砂が川を堰き止めてできたのが、桧原湖や五色沼湖沼群。
火山性物質などが独特の色彩を見せてくれてます。
時の流れとと共に、人々も復興に力尽くしました。
荒廃した地の植林に尽力した遠藤現夢墓がありました。
私財をなげうってこの地にあう植林で再生させたことで、
今の裏磐梯の風光明媚があり、その時の作業路が今の遊歩道になったそうだ。
磐梯山ジオのパンフ見てると、
元は3000mを超える山だったのが、現在は1816m。
1888年噴火で崩落したところがわかります。
その前は5万年前にも噴火して山容変わってるそうだ。
古代から明治の噴火までの人々は、猪苗代湖越しに磐梯山を仰ぎ見てたのでしょう。
※霊峰磐梯山は、古来より神々が宿る神聖な山として人々に崇められ、
西暦270年頃には磐梯明神が山頂に祀られるなど山岳信仰の対象とされてきた。
また美しく天にそびえる姿は天にかかる岩のハシゴに見立てられ、
古名では磐椅山(いわはしのやま)と呼ばれ、磐椅神社も建立された。

他のパンフの地図には「磐梯山見るならココ!」
これ見てやっと磐梯山がどれかわかった。
知ってる人は知ってるけれど、
知らない人はどの山が磐梯山か わからんもん。
その都度アレだよ!と教えて欲しいものです。
で、最後に磐梯山は宝の山ですが、
笹に黄金がなり下がる、とはどういう意味なのか、二つ説あるようで。
1)黄金色のクマザサの実のこと
2)笹の根元に黄金の鉱石または小判が埋まってる
義経を案内した金売吉次の財源を歌っているのではないか
かねうりきちじ:平安時代末期の商人。
『平治物語』『平家物語』『義経記』『源平盛衰記』などに登場する伝説的人物で、奥州で産出される金を京で商う事を生業としたとされる

桧原湖沿いの裏磐梯物産館近くに★のリゾートあるようです。
GoToトラベル利用して五色沼散策いいかも。
東京からリムジンバス出てるようですよ。