たまたま調べ物をしていて、日経ビジネスのオンラインを読みふけってしまった。
この夏から
池上彰の「学問のススメ」 というコラムが始まっています。
「池上彰さんが、さまざまな分野の学者・研究者を訪ねて、日本と世界が直面するさまざまな問題を、各界を代表するプロの「学問の目」でとらえなおす
いわば、大人の大学、それがこのシリーズです」
12月15日は御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センター教授)との対談最終回でした。
野田首相は化けるかもしれない?というセンセーショナルなタイトルに惹かれますでしょう?
お二人の対談の中で、野田さんは首相に選ばれてから化ける可能性を見せてきた、と話されてます。
鳩山さんや菅さんは、首相就任から時間が立つほど疲れた顔になっていったが、野田さんの顔つきは、首相になる前となった後で急速に変わってきて、だんだん「いい面構え」になってきた と。
確かにね。
以前、羽田孜首相のときもしんどそうだなぁ~と思ったものでした。
戦後日本の歴代内閣総理大臣の在位日数でみると、羽田さんは宇野さんよりも短かったんですね。
羽田孜(1994年4月28日- 1994年6月30日) 64 日間
宇野宗佑(1989年6月3日- 1989年8月10日) 69
石橋湛山(1956年12月23日- 1957年2月25日) 65
東久邇宮稔彦王(1945年8月17日- 1945年10月9日) 54
ちなみに最長は、2798日間の佐藤栄作(1964年11月9日- 1972年7月7日)
池上彰の「学問のススメ」
本日付のコラムの中で、他に自衛隊の話が興味深かったです。
詳しくは日経ビジネスでお読みいただくとして、かいつまんでピックアップします。
御厨:東日本大震災直後から、首相官邸の地下の対策本部に20代の官僚たちが各省庁から集められて、被災地対応をすることになった。
震災対応という緊急事態に、ばらばらの省庁から集まった官僚たちをチームとして機能させるのは実はとっても難しい。
いったい誰がどうやってチームを指揮したか?
現場作業を担う自衛隊の若い人間がやってきて、決して威張らずに、
「まず最初に何をやらないかいけないか決めて、何をするのかすぐにチーム分けをしましょう」と先頭に立って、指示を出し始めた。
おかげで、財務省から経産省から国交省から総務省から、各省庁から送り込まれた文官の諸君は、自衛隊の若手の指示に従って、震災対応の作業をすぐにスタートできたそうだ。
震災対策本部では時として各省の利害が対立するシーンが出てくる。
その自衛隊の若手が対立している官僚たちにこう言うんだそうです。
「日本が第二次世界大戦でなぜ負けたかご存知ですか。
資材をどう分けるかを巡って、陸軍と海軍がケンカをし始めたからダメになったんです。
だからみなさん、それを思い出して、官僚同士が足の引っ張り合いをしないようにしましょう」と。
池上:被災地での自衛隊の活躍ぶりは、今回たくさん報道されていましたが、裏にチームマネジメントができる自衛隊の能力があったんですね。
御厨:もうひとつ、自衛隊のマネジメント力を象徴する話があります
震災対応のような非常事態の最中で仕事をしていると、いわゆる「働き蜂症候群」になって、みんな寝ずに仕事をし続けてしまう。
特に日本の官僚はその傾向が強い。
自衛隊の若手「すぐに隣の仮眠室に行って寝てください」と。
命令された官僚が「私はまだ大丈夫です、頑張ります」とみんな反論すると、自衛官が官僚たちを一喝したそうです。
「大丈夫じゃない! いま、あなたが倒れたら、次にやってくれる人がいるとは限らないんだ。非常事態だからこそ休まなきゃダメだ。今はとにかく寝て、それから戻ってきなさい」と。
結局、彼の一喝で、みんなが寝たそうです。
非常事態だからこそ、チームの人員は無理してはいけない。
順番に仮眠室で寝て戻るサイクルをつくって、チームを動かし続けることが大切だ、ということを自衛隊は知っているわけです。
NHKで記者生活を体験済みの池上さんも、非常事態だからこそ無理をしない、
長期戦を乗り切るためには、ロジスティクスと順番に休むことが大切だといわれてました。