音楽に限らず芸術の歴史にはデマ・贋作・捏造・なりすまし云々が常に存在する。有名な画家の名前や手法を騙った偽物は後を絶たず、逆に高名な芸術家が素性を隠して知られざる作品を残し、後世になって真価が明らかにされる場合も少なくない。しかしことポップ・ミュージックに於いてはヒット曲の模倣や剽窃は日常茶飯事であり、例え盗作問題が露呈したとしても、作家や作品の息の根が止まる訳ではない。逆にそれをネタに注目を集め怪我の功名となるケースも少なくない。さらに意図的に剽窃・模倣することで自己表現をs主張するパロディ/オマージュと呼ばれる手法が認められているポップ・ミュージック界には泥棒や盗人は犯罪者の範疇には入らないのかもしれない。
その中でも1981年に日本の自主制作レーベルの草分けピナコテカレコードからリリースされた7インチEP『Anode/Cathode – Punkanachrock』はアメリカ西海岸の知られざるアンダーグラウンドロックバンドの未発表作品と偽って宣伝され、当時購入した筆者はその後40年余りその作り話を信じていたが、実は『第5列』と呼ばれる日本のアート集団によるでっち上げ作品であった。同じ頃に大阪のヴァニティ・レコードから正体不明のデモテープ音源と称してリリースされたRNA Organismは、実はEP-4の佐藤薫のユニットだった。
Anode/Cathode - punkanachrock A面
R.N.A. Organism - R.N.A.O Meets P.O.P.O (Japan, 1980) (Minimal, Synth-pop, Experimental)
それらのヒントになったのは70年代半ばからアメリカで活動するザ・レジデンツだったかもしれない。70年代末に日本でも紹介された彼らこそ正真正銘正体不明の覆面バンドで、素顔も名前も分からないミステリアスな存在が好事家の興味を倍増させたことは間違いない。正体はビートルズのメンバーだという誰も信じないデマをレジデンツ本人が流した逸話もあった。40年以上も前衛音楽シーンの第一線で活動する彼らのバイオグラフィーこそデマと贋作と捏造となりすましの歴史である。彼らに近いところで活動するLAFMS(Los Angeles Free Music Society)もまた匿名性を核に蠢く地下音楽コミュニティであった。
The Beatles Play The Residents & The Residents Play The Beatles
Le Forte Four - Bongo Madness (1975)
前置きが長くなったが、地下音楽に騙される度にマゾヒスティックな歓びに打ち震える筆者にとって、サイケデリック・エラにデマで一花咲かせた愛しのグループが今回の主役クリーンリネス&ゴッドリネス・スキッフル・バンドである。
Cleanliness and Godliness Skiffle Band:
Annie Johnston (guitar, mandolin, woodblocks, vocals)
Hank Bradley (fiddle, mandolin, harmonica, vocals)
Phil Marsh (vocals, guitar)
Brian Voorhees (harmonica, guitar, vocals)
Richard Sauders (bass)
1964,5年にサンフランシスコで活動していた大所帯のグループInstant Action Jug Bandに参加したフィル・マーシュ、アニー・ジョンストン、リチャード・ソーダーズを中心に66年末に結成される。Instant Action Jug Bandにはカントリー・ジョー&ザ・フィッシュのメンバーも所属しており、60年代後半のサンフランシスコ・サイケデリック・シーンで活動を共にしていた。数多くのメンバーチェンジを経て1968年にヴァンガード・レコードからアルバム『グレイテスト・ヒッツ(Greatest Hits)』をリリース。
Cleanliness And Godliness Skiffle Band – Greatest Hits(Vanguard – VSD 79285 / 1968)
”スキッフル・バンド”らしく、アコギとバンジョーを中心としたフォーク/カントリー調のサウンドを得意としており、ドラッグでラリったハチャメチャでコミカルな演奏は、アシッドロックともアシッドフォークとも異なるヒッピーミュージックとして異彩を放っている。アルバム中4曲にカントリー・ジョー&ザ・フィッシュのチキン・ハーシュがドラムで参加している。日本人にとっては脳天気すぎてサイケというより普通のカントリーフォークに聴こえてしまうが、偉大なる田舎の大国アメリカ合衆国民の体内に流れるカントリーウェスタンの血が騒ぎ、幻覚作用と涅槃への旅路をもたらすに違いない。
Goofus
とは言うもののこのアルバムだけだったら、彼らは忘れ去られたマイナー・サイケの墓場に葬られたままだったろう。しかしサイケの女神は彼らを放って置かなかった。1969年10月音楽雑誌『ローリング・ストーン』の記者グレイル・マーカスがT.M.クリスチャンの変名で実在しないスーパーグループのブートレグ・アルバムのレビューを掲載した。
The Masked Marauders – The Masked Marauders(Deity – RS 6378 / 1969)
レビュー抄訳
"『仮面の略奪者たち(Masked Marauders)』と名付けられたこのアルバムは、アル・クーパーのプロデュースで、カナダのハドソン湾に面した小さな街のスタジオで秘密裏にレコーディングされた。参加ミュージシャンはボブ・ディラン、ミック・ジャガー、ジョージ・ハリスン、ジョン・レノン、ポール・マッカートニーなど。ただし契約上の理由でジャケットにも何処にもクレジットされていない。。。。"
当時流行っていたスーパーグループ(CSN&Y、ブラインド・フェイス、レッド・ツェッペリン等)や、世界初のブートレグ・アルバムと呼ばれるボブ・ディランの未発表曲集『Great White Wonder』をパロディにした冗談記事だったが、読者やレコード店が本気に受け取って実物のアルバムを探しはじめた。そこでマーカスと『ローリング・ストーン』誌のスタッフが、実際にこのアルバムを制作するために雇ったのがクリーンリネス&ゴッドリネス・スキッフル・バンドだった。ディランやジャガーの歌い方を真似て、ロック・クラシックの曲調をパクったサウンドは、ラジオでオンエアされると本物だと思い込んだリスナーからリクエストが殺到し、アルバムは10万枚を超えるヒットになったという。リリース元はワーナー傘下のリプリーズ・レコードだったが、匿名性を保持するためにでっち上げたDeity(神)レーベルで発売された。ちなみにジャケットの女性は同年8月にチャールズ・マンソンの信者により殺害された女優のシャロン・テートの映画のスチール。
I cant get no nookie -The Masked Marauders
今聴けば本当のディランやジャガーじゃないことは分かると思うが、当時のラヴ&ピースに浮かれた空気の中でコロッと騙された音楽ファンが多かったに違いない。サウンド的にはクリーンリネス〜本来のスキッフルとはまったく異なるが、物まねでは終わらない創意と熱気が感じられる。
クリーンリネス&ゴッドリネス・スキッフル・バンドは70年春に解散。その後元メンバーたちはショービジネスの表舞台に出ることはなかったが、それぞれローカル・シーンで音楽活動を続けているようだ。
詳細なファミリーツリー⇒https://www.chickenonaunicycle.com/Cleanliness%20and%20Godliness.htm
史上最大の音楽デマ?/The greatest musical hoax of all time? The Fab4, Jagger & Dylan release record as Masked Marauders?
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