
これまでトランペットを始め金管楽器にはあまり魅力を感じない人生だった。小学生のころ弟が習っていたトランペットを高校時代見よう見まねで吹いてみたが、疲れるばかりで面白くない。何しろキー(バルブ)が3個しかないから、唇の力の入れ方で音程や音色を変えるしかできない。ほとんど練習しないまま「トランペットは不器用で野暮な楽器」という歪んだ印象が筆者の心の底に植え付けられた。ジャズ、特にフリージャズやインプロヴィゼーションに興味を持ってからも好んで聴くのはサックスばかりで、トランペットはたとえばオーネット・コールマンに対するドン・チェリー、エリック・ドルフィに対するブッカ―・リトル、ロスコ―・ミッチェル&ジョセフ・ジャーマンに対するレスター・ボウイ、など常にサックスと対になった存在だった。というか例えばドン・チェリーのアルバム『即興演奏家のためのシンフォニー』が好きなのはガトー・バルビエリとファラオ・サンダースのサックスが入っているからであり、チェリーのペットがメインキーではない。つまりトランペットはサックスの肴というわけか。

80年代ライヴを何度か観た近藤等則は、ICPオーケストラの一員、またはペーター・ブロッツマンの共演者という認識であり、また、武道で鍛えられた肉体を使って長い竹の棒をステージに叩きつけるパフォーマンスの意外性と破天荒さがトランペットよりも印象に残っている有様である。ましてやマイルス・デイヴィスをはじめとするモダンジャズのペット奏者のリーダー・アルバムは最近まで聴こうとしなかった。決して嫌いとか苦手とかいう訳ではなく、積極的にトランペットの魅力を知ろうとしてこなかった、というのが頑迷な木管愛好家の真実だろう。
NY即興シーンに興味を惹かれ、ジャズ/即興を再度探索し始めてからも、おもな興味はクリス・ピッツィオコスやレント・ロムスといったサックス奏者に集中し、決して少なくない現代のトランペット奏者に注意が向かなかったことは確かである。巻上公一が以前から名前を出して「すげえバカテクの奴」を称賛していたピーター・エヴァンスに関しても、動画で観たり、他の演奏家とのセッションで聴くことはあっても、エヴァンス・メインで聴こうというモチベーションはあまりなかった。
そんなトランペット不毛の筆者の音楽愛好心に恵みの雨をもたらしたのは『Peter Evans and Weasel Walter / Poisonous』だった。毒キノコをタイトルにした毒性音響はトランペットを如何に非道の楽器にメタモルフォーゼさせるか、当のトランペット奏者自らの挑戦状であった。可愛さ余って憎さ百倍ではないが、あらゆる奏法をマスターした後に残された破壊/陵辱への道がエヴァンスの前途に洋々と広がっている景色を幻視し、譬えようが無いカタルシスに撃ち震える聴取体験だったと言ったら大袈裟だろうか。

⇒CD/DVD Disks #1535 『Peter Evans and Weasel Walter / Poisonous』
その2ヶ月後、エヴァンスのディスコグラフィーを紐解き、何が隠されているかを穿り出す作業は、愛好家冥利に尽きる甘美な時間を過ごさせてくれた。ひとりの演奏家の業績を一週間余りに短期間に何度も繰り返し聴き直し、その度に聴こえていなかった音楽が皹割れから滲み出すように心の襞に沈殿していく。ブヨブヨに膨張した音の胃袋が、未知の緊張と収縮に研ぎ澄まされ、薄皮が剥けるようにツルツルの感性の素肌が露になる。使ったことのない大脳皮質のシナプスが活性化し、知的好奇心とともに痴人の愛が溢れ出る。快楽の果てに選び出したのが、『Peter Evans Quartet / The Peter Evans Quartet』『Evan Parker Electro-Acoustic Ensemble / The Moment's Energy』『Weasel Walter, Mary Halvorson, Peter Evans / Mechanical Malfunction』『Sam Pluta, Peter Evans / Event Horizon』『Amok Amor / We Know Not What We Do』の5枚だった。とは言っても盤を持っている作品はゼロ。Spotifyで聴けるエヴァンスの音源からのチョイスなので、当然ながら抜け落ちた作品もあるに違いない。





⇒ピーター・エヴァンス ディスコグラフィー解題
筆者のような非楽器奏者の素人(アマチュア)愛好家(アマチュア)からすれば、ジミ・ヘンドリックスやピート・タウンゼンドのように物理的に楽器を破壊し陵辱する行為は譬えようが無いカタルシスへの近道であるが、より形而上学的な涅槃を志すのであれば、ヘビの生殺しの如く楽器を愛し愛撫し溺愛しながら精神的に息の根を止める業こそがアクメへの近道なのであろう。
金管は
捕らぬペットの
メタリック
果たしてエヴァンスがそこまでサディスティックな性癖を持つ男かどうかは2週間後に明らかになる。それを確かめるともに、これまで無意識に貶めて来たトランペットへの謝意と祈りを込めて、全身全霊で彼の演奏を吸収したいと思っている。
Mary Halvorson, Peter Evans, Weasel Walter - at Death By Audio, Brooklyn - Dec 9 2012
ピーター・エヴァンス初来日ツアー
9月15日 東京・調布 JAZZ ART せんがわ
ピーター・エヴァンス(tp)、石川高(笙)、今西紅雪(筝)
9月16日 東京・調布 LAND FES 12:00〜13:30
白井剛 (dance) × 巻上公一(voice, etc)
ピーター・エヴァンス(tp) × 松岡大(舞踏)
KAMOSU(ホーメイ, g, tabla, etc) × 入手杏奈(dance)
9月16日 東京・調布 JAZZ ART せんがわ
坂田明(sax)、ピーター・エヴァンス(tp)、藤原清登(b)、レジー・ニコルソン(ds)、藤山裕子(p)
9月17日 東京 下北沢Apollo
ピーター・エバンス(tp)、須川崇(cello, b)、石若駿(ds)、ケヴィン・マキュー(p)
9月19日 東京・渋谷 公園通りクラシックス
『ピーター・エヴァンスのソロと仲間たちの2日間』
ピーター・エヴァンス(tp)、巻上公一(vo, theremin)、ジョン・ラッセル(g)、ストーレ・リアヴィーク・ソルベルグ(ds, per)、中山晃子(alive painting)
9月20日 東京・渋谷 公園通りクラシックス
『ピーター・エヴァンスのソロと仲間たちの2日間』
ピーター・エヴァンス(tp)、ネッド・ローゼンバーグ(sax, bcl, 尺八)、内橋和久(g, daxophone)、吉田達也(ds)、巻上公一(vo, theremin)、中山晃子(alive painting)
9月21日 群馬・高崎 高崎市総合福祉センターたまごホール
『Make Jazz Noise Takasaki』
・坂田明(sax)、巻上公一(vo, theremin)、佐藤正治(ds, per)
・ローレン・ニュートン(voice)、ハイリ・ケンツィヒ(b)
・ピーター・エヴァンス(tp)、石川高(笙)、今西紅雪(筝)
9月22日 東京 両国門天ホール
ジョン・ラッセル(g)、ストーレ・リアヴィーク・ソルベルグ(ds, per)
ゲスト:ピーター・エヴァンス(tp)
9月24日 神奈川県湯河原町
『湯河原ジャズフェスティバル vol. 2』
・坂田明(sax)、巻上公一(vo, theremin)、佐藤正治(ds, per)、スガダイロー(p)
・ピーター・エヴァンス(tp)、石川高(笙)、今西紅雪(筝)
・ポーラ・レイ・ギブソン(vo)、キット・ダウンズ(p)
9月25日 神戸 BIG APPLE
ピーター・エバンス(tp)、ケヴィン・マキュー(p)
ゲスト:清野拓巳(g)
9月26日 大阪 Studio T-Bone
ピーター・エバンス(tp)、ケヴィン・マキュー(p)
ゲスト:有本羅人(tp, bcl)
9月27日 京都 Club Metro
ピーター・エバンス(tp)、ケヴィン・マキュー(p, acc)
巻上公一(vo, theremin)、沢田穣治(b)