かつて「夢二とその時代」というテーマで話したことがあった。夢二の日記や書簡などできるだけ資料を入手して夢二の一生とその時代を語った。
夢二は多くの女性と関わった。そのなかでも、年若い笠井彦乃を、夢二はもっとも愛したことは日記などで明らかであった。もちろんそれは指摘した。
しかしそのテーマで話すのは時間が足りなかったと思う。テーマにあるように、夢二が彼が生きた時代とどう関わったのかを主に話したので、女性関係については詳しくは語らなかった。
知人からこの本を教えられ、古書店から購入して読みふけった。夢二と彦乃との強い結びつきを、具体的に知ることになった。強い結びつきであったが、その関係は、彦乃が数え年25で結核に冒されて亡くなることによって終わったのだが、しかし夢二は、彦乃に対する愛情を捨てることなく、最期まで持ち続けた。
夢二の多くの女性関係から「女たらし」のように非難するひともいるが、しかしこの本を読んでからは、おそらく非難できなくなるだろう。彦乃も、夢二も、真剣だった。ただ、夢二が長じても大人になりきれなかった「少年」だったこと、それ故の、すべき時にすべきことを為さなかったことから、悲劇は生まれた。
私は、歴史講座の直前、結核となった夢二が息を引き取った高原療養所(今はJAの病院になっている)を訪れた。長野県富士見町、途中、甲斐駒や八ヶ岳が見えた。「山」である。夢二は彦乃を「山」と呼んだこともある。
彦乃のあと、夢二は多くの女性関係をもったが、彦乃だけが夢二の「愛(する)人」であったのだということが、この本を読んでよくわかった。その「愛」は、「黒船屋」という絵や、『山へよする』などいくつかの書籍にも記されている。
著者は、彦乃の血縁者である。私は彦乃の日記が残されていることを全く知らなかった。夢二の日記などと対応させて、ふたりの「愛」の諸相が具体的に描かれている。夢二を知るためには不可欠の文献だと思う。