浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

年賀はがき(その2)

2012-11-03 20:30:28 | 日記
 郵便局に勤めている人に、過大なノルマを課すというのは、どう考えても理不尽である。

 スーパーやデパートに勤務している人にノルマがあることは知っていた。たとえばスーパー。歳暮、中元のシーズンになると、ひとり20万円ほどのノルマが課せられる。私も知り合いがいるので協力するが、多くて2件である。その知り合いは、当然送るところがそんなにあるわけはないので、自分自身で購入する。最近はノルマの額が減ったのでよかった、といっていた。

 まだスーパーの場合はまだましだ。というのも、食料品や生活雑貨を扱っているので、生活に必要なものをまとめて買ってしまう、と考えればいい。

 ところが年賀はがきはそうはいかない。たとえば1万枚。実際のノルマはそれ以上と聞いているが、そんな数の年賀はがきを個人でさばけるわけがない。

 そうなると、先日記したように、みずから購入して金券ショップに売りに行くしかない。

 だが考えてみれば、年賀はがきというのは、一生懸命努力すれば売れるというものではない。パイは限られている。たとえば私の場合は、毎年100枚である。だいたい購入する枚数は決まっているだろう。日本全体でもそういうものだろう。近年はメールとかが普及しているし、子どもの数も減り、さらに経済的にも不況であるから、売れる枚数は毎年減ってきていることだろう。となると、減ってきているそのパイをめぐって、郵便局員が互いに争奪戦を繰り広げるわけだ。

 ノルマを果たすために、個人的に大量に購入して金券ショップに売る。一部の消費者は、郵便局から買うよりも安いから、金券ショップで少し安く購入する。

 年賀はがきの郵便局員へ課されるノルマは、金券ショップをもうけさせ、全国一律のはがき代を値崩れさせるだけだ。犠牲となるのは、郵便局員だ。

 こういうバカなやり方はなくすべきだ。
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勲章

2012-11-03 08:39:25 | 日記
 今日の朝刊に、勲章授与者の氏名が掲載されている。そのなかに、知人がいた。歴史の研究者だ。安保体制を批判し、アメリカ流の近代化論を批判し、民衆運動を研究してきた人だ。

 もうひとり、知った名があった。近年、『富裕者課税論』を刊行した人だ。

 勲章の存在自体、差別ではないかと思う。勲章を授与される人とそうでない人がいる、そして勲章には等級がある。少なくとも、平等理念に反するものだ。

 「勲章 廃止」と打ち込んで検索すると、廃止に賛成する意見がでてくる。

 ずっと前、『歴史学研究』の月報に、今は亡き江口朴郎先生が勲章をなぜ拒否したかについて書いていた。私はこういう人こそ偉い人だと思った。

 学問研究の上でも、政治的主張の上でも、平等理念を唱えてきた人びとが、平然と勲章をもらう。そういう人が多くいるのを残念に思う。

 すばらしい研究を行ってきた方が、そういう勲章に背を向けている。ボクはそういう人を尊敬する。

 
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オスプレイが来る

2012-11-02 21:19:38 | 日記
 未亡人製造機、といわれるオスプレイ。アメリカ本国でも、飛行訓練に反対され、アメリカでは自由に飛べないオスプレイ、日本では自由に飛ぶことができる。

 一応飛ぶ場合の規則みたいなものをつくってはみたが、沖縄の上空を飛行するオスプレイはいっさいの制限なく、つまり規則を無視して飛び回る。

 そのオスプレイが、今月中に本土の上空を飛ぶ。日本の空は、日本の主権下にあるといっても、アメリカのほうが自由度は高い。日本の航空機が飛べないところがある。つまりアメリカしか飛べない空域があるのだ。

 アメリカはオスプレイを飛ばす。もし事故が起きる、日本の国内で起きたら、日米安保条約の下、その損害賠償金は日本が支払う。だからアメリカは、危険なオスプレイを日本国内で飛ばすのだ。

 もうじき静岡県内にも飛んでくる。事故が起きても、米軍は知らん。日本政府がすべてカバーしてくれる。

 ほら、沖縄で米軍兵士による犯罪が連続して起きている。まさに事件である。ところが、日本政府関係者は、「事故」と呼ぶ。交通事故のように、犯罪は故意ではなく、過失で起きたかのようにしたいのだ。

 日本の大臣や官僚は、日本国民よりアメリカに忠実なのだ。そういう日本は、もうやめたいですね!!!


 
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【本】北島万次『秀吉の朝鮮侵略と民衆』(岩波新書)

2012-11-02 21:00:50 | 日記
 いわゆる文禄・慶長の役を扱ったもの。北島氏は、この秀吉の朝鮮侵略研究の第一人者。

 内容は、秀吉の朝鮮侵略の経緯を説明するのではなく、基本的にはこの戦争に巻き込まれた日本、朝鮮の民衆のありかたを描いた。戦争が、民衆の生命を奪い、生きていくために生活倫理みたいなものを捨てざるを得なくなるという、いつの時代にも通じる姿を描く。

 戦争は、人間の「悪」を生み出すのだ。

 おそらく、これから秀吉の朝鮮侵略について、北島氏が描く民衆の姿に言及しない講義や授業は成り立たなくなるだろう。

 とくに戦争中に朝鮮側に降った「降倭」たちの実像は語られねばならない。北島氏は、朝鮮側の史料をもとに、その姿を描き出している。北島氏しか、こういう事実は書けないだろう。

 また李舜臣の動きをたどる記述は、おそらく韓国に何度も行って、現地調査を繰り返したのではないかと思う。詳細である。

 私も釜山近くの倭城を訪れたことがあるが、今も残存しているし、このときの秀吉軍の蛮行は、韓国各地に様々なかたちで残されている。

 日本が侵略したのであって、朝鮮が侵略したのではなく、また20世紀、日本が朝鮮を植民地支配したのである。その事実をきちんと認識しておくことが大切である。

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【映画】ローマ法王の休日

2012-11-02 20:53:17 | 日記
 シネマ・イーラで、昨日見たのだが、ボクはこの映画のおもしろさというか意味が、わからなかった。

 イタリア紙では、「最高に知的で最高に自由な映画」、「崇高なコメディであり、力強い感動作」などという評価がされているようだが、何が知的で何が自由なのか。コメディであることはわかったが、それ以上の意味は感じ取ることはできなかった。

 カトリック教徒なら分かるのかもしれないが、無宗教のボクには無理だった。

 ストーリーはローマ法王に選出されたメルヴィルが、その責任の重さから逃げてしまい、しばらくローマ市内に潜伏する、そして結局戻って信徒の前で演説するのだが、ここではおそらく法王就任を受け入れるのではと思ったが、実際は受け入れず。

 最高位になること、ボクもそういう立場になるのは峻拒するが、しかし最後は就任すると思った。就任しないと言うことが「自由」なのか。

 とにかくあまりよくわからない映画だった。
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年賀はがき

2012-11-01 20:06:10 | 日記
 今年から年賀状をださない、という人がいた。私もできるだけ年賀状を減らしている。

 来年の年賀状は今日発売だ。ところが、金券ショップの前を通ったら、10枚480円、200枚9500円で販売していた。

 なぜ発売されたばかりの年賀はがきが金券ショップで売られているのか。

 調べてみた。

 日本郵便株式会社の社員には、過大なノルマが課されているのだ。正社員には1万枚以上。ということは、ひとりあたり50万円以上ということだ。

 年賀状を出さない人が増えている中、こうしたノルマはきわめて厳しい。

 埼玉県では、何度も何度も日本郵便の社員が来て、年賀はがきの購入を哀願するように頼んでくると言う。

 これは正常ではない。

 ひとり1万枚なんて売れないから、自腹で購入して、それを金券ショップに売るのだ。もちろん損をする。

 ひどい話だ。

 こういうノルマは、犯罪的といえよう。

 郵便局で買うよりも金券ショップで安く買えるという事態は、消費者にとって喜ぶべきことなのか。

 日本郵便の労働者の犠牲の上に、やすい年賀はがきが売られている。

 おい、日本郵便株式会社のお偉いさんたち!!こういうノルマを課すのはやめようじゃないか!!!

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【本】古市憲寿『希望難民ご一行様』(光文社新書)

2012-11-01 10:16:26 | 日記
 2年前に出版されたもの。最近この本の書評を読んで読みたくなり、昨日図書館から借りた。今朝読み終わったのでその感想を書く。

 古市は、ピースボートの世界一周旅行に参加し、そこに乗船していた若者を社会学の分析の対象として据えた。

 ピースボートに、私の知人が二度乗船し、そこで発生したトラブルについて厳しく指摘するブログを読んでいた。ブログから、ピースボートがトラブル処理に関してきちんとした対応をしなかったことを知り、評判がよいピースボートのウラを知った気がした。

 さて古市が参加したときも、船体に穴が開くなどトラブル続きであったようだ。値段は安いから仕方ないかもしれないが、そういう船には乗りたくないと思った。

 本書は、ピースボートに乗った今時の若者を社会学的な研究対象としたものである。分析はあまり厳格ではなく、分析をしつつ、研究対象をあるがままに認めたような内容であった。

 引用されている日本の社会学者についての短い形容句が面白いということはさておいて、読んでいて今時の若者の実態をつかむことができたと思った。その若者たちに対しては、巻末の「解説、というか反論」を書いた本田由紀と同じように反論したい気分ではあるが、内容は堅苦しくなく、読みやすく書かれている。

 「目的性」と「共同性」という概念を基本軸としているが、古市は「共同性」だけでよいとしているが、私は本田と同様に「目的性」なしに生きていくことはきわめて難しいと思う。おそらく古市は経済的にはあまり苦労しなくても生きていけるだけの経済的基盤があるのだろうが、ピースボートに参加したフリーターのような人びとがそこで知り合った若者たちと「共同性」に浸っていることで、年齢を重ねても生き続けていくことが可能かというと、現実を知っているが故に、私は否定的だ。古市はそれでよい、としているが、私はそうはいかないのだ。

 しかし若者がこの本を読んで、そして本田の主張を理解することは、重要だと思うが故に、本書を読むことを薦めたい。
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旧幕臣のこと

2012-11-01 09:52:36 | 日記
 歴史民俗博物館に樋口雄彦氏がいる。氏は、もと沼津明治史料館の学芸員だった。その頃から旧幕臣の研究を続けている。

 戊辰戦争の後、徳川幕府は新政府の命令で静岡にやってきた。徳川宗家の代表たる慶喜の後を継いだ家達も静岡へ来た。当時の江戸の文化が静岡に来たわけだ。静岡には静岡学問所ができ、沼津には沼津兵学校が設立され、静岡県の各地に江戸などから移り住んだ旧幕臣が移住してきた。

 しかしその後廃藩置県で静岡藩がなくなり、家達は東京へ。旧幕臣たちは静岡県内に残った者もいるが、多くは東京に。そして新政府のトップは薩長土肥の田舎侍がついたが、実務的な官僚には、旧幕臣がつき、その能力を活かした。

 最近樋口氏は『第16代徳川家達』(祥伝社新書)、『箱館戦争と榎本武揚』(吉川弘文館)を出版された。この二冊とも寄贈を受けたので、読んでみた。とても面白かった。氏の史資料を博捜しての記述にはいつも感服するが、これぞ歴史研究というものだ。歴史研究を志す者は、樋口氏の本を一度は読むべきだ。実証性とはどういうものかがわかるはずだ。

 前者の本は、徳川家達の伝記と言ってもよいだろう。しかし家達自身の資料に基づいて書いたものではなく、家達の周辺の史資料をもとに組み立てた家達像である。したがって、少し物足りなさが残る。家達の伝記はないから、それでも有益である。いずれ家達自身が書いたものなどをつかっての、家達を主体とした伝記が書かれることにもなるだろう。

 後者の本は、箱館戦争に参加した榎本武揚らを中心とした旧幕臣等がその後どういう生き方をしたかを描いたものだ。別に榎本を中心に書いているわけではないから、『箱館戦争と旧幕臣たち』という書名にしたほうがその内容を捉えることができると思った。

 驚いたのは、箱館戦争が終わり、生き残った者たち(新政府軍の捕虜などになった)が静岡へ来ていたことだ。知らなかった。知らなかったことを知る驚きと喜び。

 その後の旧幕臣たち(決して有名人ではない!)の足跡を、よくもまあ、たどったなあと感嘆する。全国各地に散在する史資料を丹念に拾い上げていく膨大な作業の後にはじめて築かれる一冊の研究書。

 樋口氏の性格が、本書には明確に現れている。

 歴史研究を志す者は、本書を、とくに後者を読むべきである。
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